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引っ越します、生野区ありがとう

 大阪市生野区とかいう、全国で最も治安が悪い大阪府の中でも最も治安の悪い地区にかれこれ六年ほど住んでたわけですが、今月いっぱいで離れることになりました。これで連日連夜鳴り響くサイレンの音ともお別れ。駅からアパートまでの道に点々と置かれている、泥酔したヘンゼルとグレーテルみたいな吐瀉物ともさよなら。しかしそうは言っても十代の終わりから二十代の前半までを丸まる過ごした土地なので、全く寂しくないかと言われれば嘘になります。引っ越したら夜中静か過ぎて逆に悲しくならないかしら? ゲロの目印無しで駅から家まで帰れるかしら? 毎日目の当たりにしていたものがいざ無くなると思うと、例えそれがどんなにカスの事柄でもインスタントな哀愁を覚えてしまうのが人間というものです。
 六年、長い年月です。小学一年生が小学六年生になります。ハムスターなら死んでます。ヘキサゴンが始まり、そして終わります。初めて曲を作ったのもこの部屋でした。初めてネタを書いたのもこの部屋でした。初めて小説を書いたのもこの部屋でした。全部上手い事いってません。全部鳴かず飛ばずです。ヘキサゴンファミリーのように。そうして私は何も成し遂げられないまま、マジモンのファミリーである母親の一喝によってこの部屋を追い出されます。まぁ家賃も光熱費も出して貰いながらそんな一銭にもならない創作活動に勤しんでいたのだから追い出されるのは当然なのですが、それでもやっぱり、悲しいです。
 しかし悲しがっていたところで生活は続くのです。思い出はいつも綺麗だけどそれだけじゃお腹が空くのです。郷愁に浸る間もなく私はこの身に降りかかった実際的な問題を解決しなければなりません。ウダウダと今の部屋にしがみ付いていても仕方がありません。とにかく行動を起こさねば、足を動かして漕ぎ続けなければ船は沈没してしまうのです。私は追い立てられるように不動産屋へと行きました。そしてツーブロックに借り上げた男性職員の前を素通りして、奥に座っていたお姉さんの向かいに腰掛け「とにかく広い部屋を紹介しろ」と凄みました。私は何事もデカければデカいほど好きなのです。二メートルを超える鮫のぬいぐるみとか買ってしまうのです。そんな悪癖が作用して、新たに住むのであればとにかくデカい部屋が良いと思っていたのです。お姉さんはおずおずと一つの物件を提示してきました。それは平均的な一人暮らしの部屋面積の実に二倍はある物件でした。勿論、家賃もそれなりにします。しかし私はもはや実用的ではないほどのそのデカさに惹かれ、二つ返事で「ここにしましょう」と告げました。お姉さんはかなり驚いていました。私はかなりみすぼらしい見た目をしているので彼女は本当に支払い能力があるのかどうか心配したようです。しかし、私のその返事の速さから(この人は身なりこそ野良犬みたいだけれど、きっとお金には困っていないのだろう)と推測したのか、すぐに営業スマイルを取り直して私に契約書を差し出してくれました。私はその紙の職業欄に「芸人」と書き、年収の欄に「三十万円」と書きました。お姉さんは泣きました。僕も泣きました。母親も泣きました。紳助兄さんはずっと泣いています。月収にして二万円強の男が相場より高めの家賃を払えるはずがありません。全然素敵やんではありません。無敵やんです。
 しかし私は何も自傷行為の為に部不相応な家賃へ投身するのではありません。支払いから逃げるつもりもありません。アルバイトをするのです。お金が無いならバイトをすればいいじゃないって感じです。バイトで家賃分を稼ぐのはそれほど難しいことではありません。毎月十万円も稼げば、家賃を払って質素な飯を食うぐらいの余裕が出来ます。素敵やんです。実際私がここまで即決で部屋を契約できたのは、バイトで稼ぐ気満々だったからなのです。そして私は呑気に新居に合う家具なんぞを考えながら意気揚々とバイトを探し始めました。しょーみ余裕やろと思ってました。で、今自分が無能過ぎて出来るバイトが皆目見つからずに詰んでる感じです。接客は恥ずかしくて出来ないし、そもそも面接の電話も照れて出来ません。これが本当の「羞恥心」ってやつですね!





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