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演劇と人 空風ナギ-004 2024/03/09

このインタビューは、俳優空風ナギさんがキャリアのブランクを経て俳優に復活する前後を追いかけた連続インタビュー企画です。全4回を予定しています。今回は、第4回になります。
前回のインタビューはこちら。

前回のインタビューから約4か月。第3回のインタビュー終了してからしばらくして体調を崩したとナギさんから連絡があり、シリーズインタビューは中断していました。
再度、インタビューお願いしますと連絡がきたのがついこないだ。
せっかくなんで、ナギさんが生誕祭の開催場所として選んだ南林間にあるネパール料理店「チャンドラ・スーリヤ」で対面インタビューを行った。

ナギさんの思い出の場所。
私qbcは南林間は初めてだったが、町並み、なんだか異国情緒がある。渋谷から田園都市に乗り継ぎ約1時間。チャンドラ・スーリヤで聞いたのだけれど、ここは難民の受け入れをした町だそうですね。

“1980年2月から1998年3月まで、南林間に定住促進センターが設置され、インドシナ(ラオス、ベトナム、カンボジア)難民の方々への日本への定住支援が行われ、その後もその活動を支援する団体(NPO法人かながわ難民定住援助協会等)による支援が継続している”

Webで南林間、難民、と調べると「多文化共生」というキーワードに突き当たる。無名人インタビューという、人間につけられた無用のレッテルをひっぺがしてまわる活動が、こういう経緯を持つ場所に接点を持つのも、面白いというか、必然のようにも感じる。
海士町という離島、後鳥羽上皇が配流された場所を訪れた時にも感じた。この活動は、やっぱり辺縁から始まるしかないんだろうか、という思い。
まあ、訪れて、歩いて、見て、その土地の人と話してみれば、ここが辺縁なんだとは思えないけれども。いつでも人は、自分が長くいる場所を中心と思いだす。滑稽じゃないよ。それは愛おしさだ。

お店は、チャンドラ・スーリヤは一発で混沌の持っている楽しさ、生命力を感じられるお店だった。楽しい。

帰り、店主が買い物にお店を外していて(ランチタイム後の休憩時間に、インタビュー場所としてお店を貸してもらっていたのだ)、居残ってくれていたほぼ毎日いるという常連さんにお金を渡して、お店を出た。
途中までその常連さんと一緒で、駅のほうまで歩いて。
ナギさんとのインタビューは今回で終えた。またしばらくしたら、また話を聞いてみたいなと思ったりする。ナギさんの周辺にもインタビューしたいと思った。そしてチャンドラ・スーリヤでも。
まえがき:qbc(無名人インタビュー主催・作家)


空白期間

(めちゃ光差すテーブルでのインタビューでした。
たぶん、逆光で、私の顔はナギさんから見えないくらいの。)

qbc:
お久しぶりです。

空風ナギ:
お久しぶりです。

qbc:
空いた期間はどんな感じでしたか?

空風ナギ:
結構、いろんなことがありましたね。ペットの犬が亡くなってしまったりだとか、大学が終わって春休みに入ったりとか。あとは、何かあったかな。すいませんちょっと今思い出せなくて。

それから、チャンドラ・スーリヤで朗読劇をやりました。チャンドラで、2月にお誕生日があるお客さんを集めてお祝いする会が開かれたのですが、その中の出し物で。生誕祭でも協力していただいたまぼろしパンダポイポイさんが台本を書いて、私がそれを朗読しました。それは公的なイベントではなくて、私的なお客さんの集まりだったんですけども。それをやったのは面白かったですね。

qbc:
前回のインタビューから今日までの3ヶ月間って、どんな期間だったんですかね?

空風ナギ:
結構ハードな期間だったと思いますね。ハードだったし、いろいろ人に恵まれた期間ではあったかなと思います。
チャンドラ・スーリヤに関する話が、今日のインタビュー場所がここなので、多くなってしまうかもしれないんですけども。

テレビ東京の、『モヤモヤさまぁ~ず2』という番組が、チャンドラ・スーリヤに来て。パンダさんと共に、お店に来ていた私がたまたま映ったというのもありました。

qbc:
ハードだったっていうのは、どこらへんがハードでした?

空風ナギ:
今まで関わってきたいろんな周りの存在との別れっていうのが、自分の中ですごく大きくて。信頼していた友人を失ったりだとか、そういうことが重なって。
それで精神的に不安定になったり、体調を崩してインタビューが遅くなってしまったっていうのもありますね。

qbc:
友人を失った、というのは?

空風ナギ:
ちょっと、人間関係の問題で。失ったっていうとあれですけど、これまで関わってきた2人の友人と縁を切る状態になってしまって、いろいろと思うところがありました。

qbc:
12月の生誕祭自体は、どうでしたか?

空風ナギ:
生誕祭自体はものすごく楽しく、最高に楽しい感じでやらせていただきました。本当に周りの人たちに恵まれてるんだなっていうのを感じましたね。生誕祭がものすごく楽しくて、ちゃんと企画として成立させられたっていう満足感はめちゃくちゃあったんですけども、その直後にいろいろ立て続けにハードなことが起こってしまって。そっちの印象が今は強くて。

qbc:
生誕祭で、思い出せることはあります?

空風ナギ:
生誕祭では、のあんじーのおふたりに、卵を用いた演劇をやってもらいまして。
私がやる演目が、『生む』という、前回のインタビューで語ったようなことになるんですけれども。新たに再生するようなイメージを考えていたので、そこに合わせてふたりが創ってくれたような感じでしたね。

qbc:
生誕祭に合わせて演劇を創ったということ?

空風ナギ:
はい。原作は、岡本かの子の『星』っていう短編なんですけど。その作品を、生誕祭のために脚色して上演してくれました。
実は当日バタバタしていて、わたしは、のあんじーの『星』をきちんと観れなかったんですよ。それが本当に心残りで。でも、断片的に観ただけでも、劇世界に強く引き込まれました。劇中、ふたりがずっと互いの肩をくっつけて、そこに卵を挟んで落とさないようにするんです。のあさんが夢中で聖書の話をしている間に、卵が落ちそうになって、アンジーさんが焦る。その様子が本当に面白かったですね。

qbc:
なるほど。その他の方たちはどうでした?

空風ナギ:
もうひとり、猫道さんという方には、私がリクエストした彼の作品をやってもらいました。「空を自由に飛びたいな」という歌があって、爽やかなメロディーと泥臭い歌詞が生誕祭にぴったりだと思ったので、お願いしました。
それ以外にも、3作品ほどパフォーマンスしてくれましたね。猫道さんの出番は、運良くほとんど拝見できました。ポップに自虐的な内容を歌う様が、混沌としたチャンドラの空間に合っていたと思います。

また、協力者として、まぼろしパンダポイポイさん、ひとりいきあたりばったりボーイズ(しらないひと。)さんにもお手伝いしていただきました。オープニングでいきあたりばったりボーイズの「ちこくはステキ」という歌を3人で歌えたことが、とても楽しかったです。

私は、自分の生活や今までの人生を元にした朗読をやりました。
自分で自分を演じるっていうような感じで、演劇的な要素が強い作品にはなったとは思います。でもちょっとその、演劇というよりかは事実を朗読しているような観られ方をする作品だったとは思っていて。

(味わいしかない店内。)

qbc:
『生む』ということに関して、自分としてはどうでした?

空風ナギ:
『生む』に関しては、結構拙いもの、プロのような作品ではないのかなとも思ったんですけど。なんていうんでしょうね、ちょっと難しいんですけど。

前のインタビューでも話したことと重複するかもしれないんですけど、商業的な演劇とは、また違うような感じはあったかもしれないですね。お客さんのためにももちろんやるんですけども、それ以上に自分自身のため、自分の人生のためにやっているっていうような感じがあったと思います。

qbc:
演じているとき、どんな感覚でした?

空風ナギ:
『生む』を演ってるときは、なんだろう。自分の書いたものを読みながらだったので、テキストに誠実に、文章に対して誠実に向き合ってやろうみたいな意識はあったような気はします。基本的なことではあるかもしれないんですけど、自分の感情を押し出すみたいな。自分のエネルギーを、心の奥底からぶつけるみたいなところは結構強かった気がしますね。

qbc:
そのとき、喜怒哀楽とか感情みたいなものはあるんですか?

空風ナギ:
喜怒哀楽でいうと。そのテキスト、本当に文章の断片なんですよね。いろんな文章の積み重ねで作られている、バラバラな文章のコラージュっていう感じなので。でもそれが不思議と、全体を通してみるとまとまって見える感じのある作品なんですけど。だから、喜怒哀楽が全部入っているんですよね。

でも、ちょっと自分では自覚がなかった部分もあるんですけど、観た人の感想を読むと、「壮絶な告白だった」とか、「空風さんの半分も苦労してない自分に反省させられた」とか。以前共演させていただいた役者の方が、『生む』を観て「愛で生きてる人ってすげー」ってツイートしてくださって。喜怒哀楽っていうのとはまた違うかもしれないんですけど、感情としては結構、激しい感情が伝わったのかなという感じは受けましたね。

qbc:
今振り返って、どんな気持ちになりますか?

空風ナギ:
作品としては、自分がやりたかったことを、ちゃんと恥ずかしくない形で出せたかなという感じはしますね。拙いものではあったとは思うんですけど、なんていうか、すごく純粋な気持ちで、お客さんに向けてまっすぐもちろん伝えるってことを重視して。
それから自分自身のためにもやれたので、やれたことに関しては、満足度がすごく高かったと思います。

qbc:
生誕祭をやってから、変わったことってありますかね?

空風ナギ:
やってから変わったことは、なんでしょう。ちょっと変わりはしたんですけれども、自分の感情に正直になっていいんだっていう気持ちになりすぎちゃったところは、あるかもしれないですね。
生誕祭の前あたりからストレートに自分の感情を書かなくちゃいけないと思うようになったんですね。それが、終わった後にエスカレートした感じがあるんです。

qbc:
あ、生誕祭がピークじゃなかったと。

空風ナギ:
ピークじゃなかったんです。いい意味でのピークはそこで来たんですけども、その後に、これからもっと自分をさらけ出さなくちゃいけないっていう気持ちが強くなって。
ものを書いていく中で、自分の生活の断片みたいなものを書き溜めていく中で、ちょっとストレスが溜まってしまって。自分のコントロールが難しくなってしまって。

表現をするために、自分の何というか、感情を犠牲にしているみたいな気持ちになってしまって。それから精神的にかなり落ち込んだんですね。それで、これはまずいなと思って、ものを表現するっていうところから、一旦ちょっと距離を置きました。

qbc:
それは年末のことですか?

空風ナギ:
そうですね。年末の12月頭くらいから、2月にチャンドラ・スーリヤでお誕生月のお客さんの集まりに出るまでは、そんな感じでした。

qbc:
生誕祭後にエスカレートした精神状況は、どんな感じだったんでしょう?

空風ナギ:
何て言ったらいいんでしょうね。いろいろ、周りとの人間関係とかもあったんですけど。生誕祭で作品を観た人から、もちろん多くの人は褒めてくれたりとか、結構好意的にというか、私が表現した感情を楽しんでくれるというか。

qbc:
感情そのものを観てくれた?

空風ナギ:
そうですね、感動してくれるって言ったらすごく大げさだし、そういうことではないのかもしれないんですけれども、とても大きく受け入れてくれる感じがあったんですね。
なんですけれども、私の友人で、「良い湯加減だった」って言う人がいて。それは、本人としては良い意味で言ったらしいんですけども。
でもその時の言い方が、私にはちょっと馬鹿にしているように聞こえて、嫌だなと思って。ネガティブな感想も受け止めるようにしているのですが、その人の話を聞いていると、そもそもまともに作品を観ていなかったことが伝わってきて。その友人と一悶着あって、もう今は縁を切ってしまったっていうようなことはありましたね。

qbc:
縁を切ったことに、後悔してます?

空風ナギ:
いやでも、その人の発言に前から傷ついていたようなところはあったし、私も、多分その人にとって良い友人ではなかったので、お互いやっぱり距離を取るべきだったなというか、離れるべくして離れたというか、そういうところはあるんじゃないかなと思いましたね。

qbc:
そういったことが落ち着いたのっていつ頃ですか?

空風ナギ:
その人と縁を切った12月の頭の時点で、もう気分的には落ち込んで。それからも様々なことがあって、安定するまでは、本当に3月頭くらいまでかかったとは思います。
徐々に徐々に、落ち着いていったっていう感じはありますね。


私のやりたいことは演劇じゃなくてもいいのかもしれない

(このお店が好きというのがすごく納得いくジャストイン感ありますね。)

qbc:
生誕祭で俳優として「復活」されたわけですけれども、どうでしたか?

空風ナギ:
生誕祭は、そうですね。「私のやりたいことは果たして演劇なんだろうか」っていうのを改めて考えるイベントにはなったかなとは思いますね。
演劇的な部分、自分で演じる、表現するっていう、そういうところはあるんですけども。

今回私がやったことは、例えば台本を離して完全に役になりきって戯曲を演じるとか、そういうのとはまた全然違うものだったので。むしろ、自分で自分を演じるっていうところではあったので。ありのままの自分を完全に見せているわけではないんですけども。
でもそうした普通の、今まで俳優としてやってきた演劇とは違う表現をやって、それで、自分のしたい表現ができたって思ったんですね。

で、もう一つは、自分の大切な演劇のお客さんや、普段お世話になってる方、友人、父、そういった人たちに、そこでの自分の表現を観てもらえて、さっきもちょっと言った「受け入れてもらえた」っていう状態になれたことがとても嬉しくて、やりがいを感じたんですね。

なので、今回のイベントで演じるっていうことはやったと思うんですけども、果たして演劇だったのかっていうと、そうじゃないっていう人はいるだろうし、私も純粋な演劇だとは思ってないんですね。
なので、今回のインタビューの「演劇と人」からはちょっと外れてしまうかもしれないんですけども、私のやりたいことは演劇じゃなくてもいいのかもしれないって思ったのは、一つの収穫だったかもしれないですね。

qbc:
じゃあ、何祭だったんですかね?

空風ナギ:
生誕祭は生誕祭なんです。演劇祭ではないので。

qbc:
復活じゃなかったとしたら、何だったんですかね?

空風ナギ:
復活じゃなかったとしたら。復活ではあったとは思うんですよね。

qbc:
なるほど。

空風ナギ:
あくまで私は、俳優っていう形で演じるっていうことをしたので。それは、俳優として復活したよっていうことにはなるのかなと、私は思っているんですけれども。でもちょっと、朗読劇とか言っちゃうと、そうかもしれない。でも、全部がフィクションなわけではないからなっていう部分もあって、ジャンルが難しいですよね。言い方というか。

だから、自分で作った演劇をやりますって今回告知しちゃったんですけども、あれは演劇だったのかみたいなところは、やっぱりありますよね。でも確かに、私は俳優として復活したっていうことは言えるかなと思ってます。

qbc:
では、生誕祭で『生む』を演じた結果、何が生まれたと思いますか?

空風ナギ:
自分で、何が生まれたっていうと、難しいですけど。自分の中にあった言葉をぐっと引き出して、それを組み立てて人前でさらけ出すっていう、その中でやっぱり激しめの感情が伝わるっていうところはあったとは思いますね。

『生む』っていうキーワードを大事にしていて。
復活なので、自分で自分を生むっていうところを大切にしていて。なんていうんでしょうね。自分の力で、表現するのも書くのも、全体を演出するのも全部自分っていう状態で、自分がやりたいことを自分自身で作るっていうことができたんじゃないかなとは思いますね。

俳優って大体、全部自分でやる人もいますけど、基本的に人が書いた台本で、人が演出をつけてくれて、人が美術とか照明をやってくれて、俳優はそれで、演じるっていうことをして、舞台が成り立つ、演劇が成り立つっていうことになると思うんですけど。

今回は既存の言葉に、自分の解釈とかいろんな表現を載せていくっていうところではなくて、自分で書いた言葉に自分で色付けをしていくっていうような感じがあったので。
演出する自分、書く自分、演じる自分っていう、全部バラバラなものを組み合わせて、自分っていうものを生み出すっていうところができたので、そこは面白かったなと思いますね。


私は18歳くらいの頃、劇作家になりたかったんですよ

(インタビューを受けていくことで、人はどう変わっていくんだろうかと思った。)

qbc:
未来についてお聞きしたいんです。
今回の生誕祭やそれからの空白期間も踏まえて、これから先はどうするかっていう気持ちは変わりましたか?

空風ナギ:
いろいろな出来事が影響して、今ちょっと人生に悩んでいるというところはありますね。
学業の面だったり、就職活動の面だったり、いろいろと今悩んでいるっていうところがありますね。今は大学の卒論について先生に相談しに行ったりとか、あと就職とか生活について、キャリアセンターっていう大学の施設に相談しに行ったりとか、そういう感じで生活をしていますね。

私は18歳くらいの頃、劇作家になりたかったんですよ。
小劇場とか演劇界だと、俳優って本当に下に見られる存在で。人にもよると思うのでちょっと語弊があるかもしれないんですけど、俳優って本当に食べていけないし、成功するのが本当に難しいっていうふうに言われていて。

でも、劇作や演出ができる人は、そういう能力がきちっとあれば、使われやすいというか。だから、作・演出みたいなのができれば、一番理想的かなというか、演劇界で名前を残すとしたら、そういう役職に就くのが一番いいだろうっていうことは思っていたんですね。

qbc:
はい。

空風ナギ:
でも、それが自分の才能と言ってしまえばそれまでかもしれないんですけども、ちょっと向いてないなっていうところがやっぱりあって。特にわたしは戯曲を書くことが本当に苦手で。それで俳優を続けながら自分で自分の言葉を生み出せないとか、自分で0から何かを作ることができないだとか、そういうふうに悩んではいたんですね。

でも、今回0からと言っていいのかはわからないんですけども、0からではないですね。周りの影響とかやっぱり自分のその蓄積とかそういうものがあるので、いろんな人たちとか周りの環境とか、そういうもののおかげだとは思うんですけど。初めて自分自身で言葉を構成して、自分自身についての表現をしたっていうところで、ちょっと自信にはなったような気はしますね。

これから、劇作家になるつもりとか、なりたいとかなれるとか、そういうことは思ってないんですけども。自分の奥底にある言葉を引きずり出して、それを人前で言うっていうのは、単純なことではあるんですけども、自分にとって大きなことだったかなとは思いますね。

もちろん俳優をやるのだとしても、やっぱり言語化することや、自分の内面を表現することは必要にはなってくるとは思うんですけども。
でもちょっと何だろう、劇作家と比べると、やっぱり言葉とか、物語を生み出すっていうところは俳優の仕事ではないので。0から生み出すようなことを今回したのは、自分の中で大きい経験だったなとは思います。

qbc:
今後も、俳優を続けますか?

空風ナギ:
今後も。そうですね。俳優っていう表現が正しいのかって、ちょっと自分で疑問に思いつつ、いるんですけども。
生誕祭のときは「私、女優!」っていうセリフがあって、「私、女優!」ってみんなの前で宣言したので、女優を続けていくつもりでいたんですね。

今後も、自分で何かを演じたりとか、何かを書いて表現したりとか、そういうことをやっていきたい気持ちはあるんですけれども。でも、必ずしも演じるっていうことにこだわらなくてもいいのではないかっていう気も、しなくもないという感じはありますね。

qbc:
自己表現をする中で、これだけは確実にやりたいって要素はありますか?

空風ナギ:
難しいところですね。時と状況によるような感じはありますね。
例えば2月だとパンダさんが、やらないかって誘ってくださって。迷ったのですが、パンダさんや、好きなこのお店のお客さんのためなら、何かやりたいなっていう気持ちで参加させてもらったんですね。

なんだろうな、演じるっていうことは好きなんですけれども。生誕祭は自分のためでもありましたけど、人のためとか、明確な目的があってやるっていうことにはなってくるかなと思いますね。
これは以前から変わらないことではありますが、明確な目的を持って演劇をやりたいっていう気持ちは、強くなりましたね。
単純に面白そうだからとか、そういう理由でもいいんですけど、自分の中で強く「やりたい」っていう気持ちを持たないと、やりたくないなっていう気持ちにはなってきているかなとは思いますね。

例えば、私が18歳か19歳くらいの頃だったら、人からいただいたご依頼は、断ったお話もあるにはあるんですけど、気楽に出演の話を受けてたと思うんですね。「こういう舞台をやってみない?」とか言われたら、やりますって言って、割と気楽な気持ちで受けてたようなものが多かったんです。
でも今は、もうちょっと選んでというか。

qbc:
選ぶ基準として、大切な要素って何でしょう?

空風ナギ:
なんていうかな、何が変わったんだろうな。

qbc:
そうしたら、2月にパンダさんのお話を引き受けたことについて、もう少し詳しく聞いてもいいですか?

空風ナギ:
2月の件は、パンダさんの作品が面白かったというのがまず一つと。チャンドラ・スーリヤという場所にお世話になっているからというのが、結構大きかったですね。
あとは、朗読劇というのが大きな決め手ですね。セリフを全て覚える必要がなく、稽古の回数も少なくて済むので。2月はまだ体調が不安定だったので、通常の演劇だったら引き受けていなかったかもしれません。

なんでしょうね。演劇だけではないんですけど、人と関わる中で、自分が傷つけてしまったり傷つけられたりっていうことが結構重なったっていうのは、一つあるかもしれないですね。
だから、ちょっとリスクを避けるために、人や話を選ぶようなところはあるかも知れないですね。逆に私も、選ばれたりしているようなところはあるとは思ってます。

qbc:
これからも演じ続けます?

空風ナギ:
今のところは演じ続けたいなとは思ってますね。

qbc:
演じ続ける? 自己表現し続ける?

空風ナギ:
難しいですね。ちょっと難しいな。なんていうか、自分で表現をする、自分で文章を書いて満足してしまう瞬間っていうのも、一つあるにはあるんですね。でも演じる楽しさとか、演じるやりがいとか、そういうものもすごく感じてはいるので。

あとは生誕祭を観て、私の演技を好きって言ってくれた人もいるので。そういう方が楽しみにしてくれてる限りはやりたいなっていう気持ちはありますね。

俳優は本当に、替えが利く存在っていうふうに思われがちな部分があると思っていて。
実際にそういう面は多いと思うんですけども。だから、俳優をやるんだとしたら、ちょっと俳優らしからぬ、じゃないかもしれないですけど。

どうせだったら替えの利かない俳優になりたいですね。私の思ってる俳優が、一般的な俳優じゃないのかもしれないですけど。自分の世界を表現できるというか、演じることができるっていう。演劇を続けるのであれば、しっかりそこはやりたいなとは思いますね。

qbc:
ありがとうございます。

空風ナギ:
ありがとうございます。あんまり上手く答えられた気がしないですけど、大丈夫ですか。

qbc:
いえいえ、そんなことないです。大丈夫です。

(とてもとても強い午後の西日の中で生まれた風景でした。)

終わりに

人間の表現欲求ってどこから来るんですかね?
この表現から、新しいものが生まれるわけであって。非常に重要なものなのだから、これはもう人間の本能に組み込まれたものなのかもしれませんね。でも、この表現ってやつは、リスクが伴うんですよね。
表現というのは、ある技術体系に関する研究のことだと思っています。
これはプロゲーマーの梅原大吾さんという方が話していたことでもあるんですけど。
Aさんが、王様から車を作ってください、て命令されたんですね。で、その人は、いろいろ調べて車を作ったと。いっぽう、Bさんは、調べてはいるんだけど、あれこれ考えすぎて、これってほんとはもっと違うやり方とか考えて、なかなか車作りが進まない、できない。
Aさんは器用です、Bさんはでも不器用。
それは、ほんと、そういう差です。どっちが良いとか悪いとかではなくて。
で、あるときに王様が、この世の中にまだない車を作ってほしいという命令を出す。そうすると、Aさんは困るんです。そんなのどこを調べてもわからない。でもBさんはこういうんです。いいですねやりましょう、今のエンジンを調べるうちに、新しいエンジンの仕組みを思いついていたんです、それを試させてください、と。
Aさんは既存のものしか作れない、Bさんは新しいものを作れる。どっちが優れているわけでもない。でもね、これって、求められてることの違いでしかない。
Aさんは決められた仕事をするのには向いているし、Bさんはむしろ他人から決められること自体がストレスになってしまう。
この性質の違い、仮にね、自分の性質に合わない環境にいる場合、ただただ辛いよね。なんでかって、それをたった一人で背負うから。

制作:qbc(無名人インタビュー主催・作家)

編集:なずなはな(ライター)

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