【小説】真神奇譚 第四話

 あっしらが阿波は剣山の麓を旅立ったのはもう二年も前になりますか。まずは隣の土佐に行きやした。土佐にはオオカミの血を受け継いだ四国犬がいますのでこれに会って話を聞こうと思ったわけです。すぐ見つかると思っていたのが大間違いで一か月も山の中を彷徨いやしたよ。ようやく見つけたのは奈半利の虎と言う年のころは十歳くらいの中年男でした。
 自分の曾おじいさんはオオカミの血をひいていたと言ってましたが生まれてこの方オオカミに会ったことは無いと言ってやした。旦那の見立てでも虎にはオオカミの面影も匂いもしないとのことでやした。
 「そうでしたよね旦那」
 「あれは残念ながらただの犬であったな。曾おじいさんがオオカミだったと言うのも信じられんかったな」
 そんなことで早々に九州に向かおうとしたところで出会ったのが仁淀の河太郎と言うニホンカワウソでやす。
 「色んなのが出てくるね、ニホンカワウソってまだ生きてるのかい。オオカミと同じでもういないんじゃないのかい」お雪は信じられないと言った顔をして小太郎の顔を見た。眩次は構わず話を続ける。
 我々もカワウソに会ったのはその時が初めてでやした。なかなかの器量持ちで随分と世話になりやした。土地の古老に昔話を聞いてもらったり、遠吠えを聞いたことが無いか知り合いに聞いてくれたりと、そうですね二か月近く土佐の山奥を探し回りましたがついに手がかりは掴めやせんでした。
 河太郎さんは醒めた方でニホンカワウソはもう土佐以外には生き残っていないと言ってやしたよ。それでも、カワウソは綺麗な水辺が無いと生きられないが、オオカミは山があれば生きられるのだから希望を持てと言ってやした。
 「あれはカワウソにしておくにはもったいないくらい男気のあるやつだった」小太郎は目を閉じてしみじみと頷いた。河太郎さんにも仲間さがしにお誘いしやしたが、我々は静かに消えていくのだと言って聞いちゃくれやせんでした。もしどこかでニホンカワウソに会ったら便りを入れるからと約束し、後ろ髪をひかれる思いで土佐を後にしやした。
 
 次に向かったのは九州ですよ。九州でもニホンオオカミの生き残りと言う写真が新聞に出てやしたのでね。しかしどうやって九州まで行こうか思い悩みやした。船で行くか橋を渡るか。結局船の方が楽だが人間に見つかると逃げようがないと言うことで、遠回りですが橋を渡って行くことにしやした。
 橋たって田舎で見ていた橋とは大違いであまりの大きさに驚きやしたよ。まあ海を渡るのだから当たり前なんでしょうが、田舎者には衝撃的でしたね。
 我々はいつも夜移動しやす。昼間は目立ちますしね。瀬戸内海を渡る橋も道路を歩く訳にはいきませんから橋桁の下を伝って行きやした。目も眩むような高さと海を渡る強風で往生しやした。
 ようやく本土に渡り、本土から九州へは何とかいうトンネルで渡りやした。九州も四国に負けず劣らず山深い所で人目を避けるのにはさほど苦労はしやせん。それでも火を噴く山には驚きやしたね。あんな恐ろしいところには住めないですよ。四国は良いところだと思いやしたね。
 南に下って高千穂と言うところまできましたがお仲間の気配は全くありませんや。旦那も夜毎に遠吠えで呼びかけるんですが一向に反応はありやせんでした。
 そんな時でした三日月のマルコと言うツキノワグマに会ったのは。
 「三日月のマルコ?ツキノワグマ?なんだか和風だか洋風だかわからない中途半端な名前だね」
 マルコさんはなんでもクリスチャンだそうで、マルコと言うのは洗礼名だそうでやす。
 「さすがクリスチャンの本場だねクマまで洗礼を受けてるのかい、それは置いといて九州にクマが居るのかい。九州のクマは絶えて久しいと聞いてるよ」姉さんは妙なことに詳しいね。確かに九州にクマはほとんど居ませんが細々と生き残っているそうですよ。でも私達もマルコさん以外のクマには会いやせんでしたが。
 ある夜霧島連山を歩いていると旦那が凄まじい殺気を感じて立ち止まりやした。あっしもなんとなく嫌な気配がしましたので茂みに身を潜めて辺りを伺っておりやした、すると谷の暗闇から今まで見たことも無いような大きなクマがぬっと現われやした。
 しばらくにらみ合いが続きやしたが、旦那が一歩引いて間合いを取ったのが良かったのかマルコさんも落ち着いてきやした。なんでも、オオカミの遠吠えに聞こえたので来てみたが本当にオオカミにお目にかかれるとは思っていなかったらしくて驚いていやした。
 こちらも名乗りを挙げて四国の山の中からはるばる旦那のお仲間を探しに来たことを話しやした。
 マルコさんがいうにはオオカミの遠吠えを聞いたのはもう三十年も前になるそうで、知る限りもう九州にはオオカミはいないとのことでした。
 しかし、ここにきて人間たちが山からいなくなって森が復活してきていることあるので、万が一オオカミの情報でもあれば手紙をくれると言って下さいやした。
 そうして我々は九州を後にしてまた元来た道を戻り紀州を目指しやした。

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?