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【小説】真神奇譚 第三話

 陽が山の端にかかろうとする頃、小四郎は何かの気配を感じて目を覚ました。白い影が格子戸の陰からこちらを伺っているようだ。
 「おい、眩次、おい起きろ」小四郎は眩次を軽く小突いた。
 「どうしやした」起き上がろうとする眩次を制して、小四郎は耳元で囁いた。
 「寝たふりをしていろ。外から誰かこちらを伺っている。殺気は感じないが恐ろしく気配を消すのが巧みな奴だ。正体がわからんがお前の得意技でひとつ脅かしてやれ。尻尾を出すかも知れん」
 「良いんですかい」眩次はゆっくり起き上がり手で奇妙な印を結んだかと思うと「はっ」と気合を入れた。
 表で「きゃ」と言う声がするのと同時に小四郎が扉を蹴って飛び出した。
 「なんだ猫ではないか。どうりで気配を消すのがうまい訳だ」
 白猫はさっと身を翻して間合いを取った。
 「なんだとは失礼ね。そっちこそただの図体のでかい犬のくせに。ほらお座りしてお手でもしてごらん」
 「なんだともう一度言ってみろ。なんて無礼な女だ」
 「何度でも言ってやるよ。でかい犬と何か得体の知れない術を使う狸じゃないの。でも犬と狸って妙な取り合わせね」
 「馬鹿者、犬ではないわ。こいつは化け狸だがな。私はニホンオオカミだ」
 「何を言い出すかと思ったらニホンオオカミですって。そんなものが今時いるわけないじゃないの」お雪は呆れた顔で笑うのだった。
 「まあまあお二人とも」社の中で聞いていた眩次がおっとり刀で出てきた。
 「旦那、女の扱いはあっしにお任せくだせえ。ここんとこは下手に出るのが得策でやすよ。特に白猫は気難しいと言いやすから」と耳打ちするとお雪の方に向き直った。
 「姉さん、あっしは酒手の眩次と申しますケチな化け狸でやす。こちらはれきっとしたニホンオオカミの旦那で剣の小四郎とおっしゃいます。どうぞお見知りおきを。ところで姉さんはその貫録からするとさぞ名の通ったお方とお見受けしやすが」
 白猫は猫座りで居住まいを正し胸を張った「あたいは三峰のお雪さ。言っとくけどこの三峰神社はあたいの縄張りだよ」
 「そいつは御見それしやした。お雪さん、あっしら四国は阿波の山の中から旦那の仲間を探しにはるばるやってきたんですよ。しばらくここに置いてもらう訳にはいきやせんか」
 「そう下手に出られると断れないね。でもこの旦那は本当にオオカミなのかい」
 「わからんやつだ、本人がそうだと言っておるではないか」
 「オオカミはとっくの昔に居なくなったと聞いてるよ」
 「そう元も子もない話は止しましょうや。事実、こうして旦那はここに居るわけですから秩父の山中にも絶対いないとは言えないじゃないですか」
 「まあいいや、それで探すって言ってもなにか伝手はあるのかい」
 「知り合いが居るわけでもなし、手がかりと言えば古い新聞記事の切り抜きくらいですよ」
 「どれ、見せてごらん。」
 眩次は脇の下から大事そうに包みを出すと中から新聞記事を出してお雪に渡した。
 「出所が良くないね」お雪は呆れた顔でぶつぶつ言いながら記事を開いた。
 「ああこれかい、このニュースはこの辺りでもちょいと噂にはなったね。でもこの写真の犬だかオオカミだかに会ったと言うものは一人も居なかったよ。たぶん旅の途中で偶然写真に撮られたんだろうと言うことになって、その後は話にも上らなくなったね。この場所なら良く知ってるからいつでも案内してやるよ」
 「旦那どうです、ここはひとつ姉さんのお言葉に甘えてみては」
 「うむ、白猫が気難しいと言うのは初めて聞いたがやはり女の扱いはおまえに任せた方が良さそうだな」
 「そうですか。そうとなりゃ早い方が良いですね。姉さん明晩にでもお願いしやす」
 「分かったよ。それにしてもあんた達四国からずっと歩いてきたのかい」お雪は呆れ顔で聞いた。
 「話せば長い道のりでした。姉さん良かったら聞いてもらえますか」
 「あたしは気が短いからもたもたした話は嫌いだよ」お雪はそう言いながらも聞く気満々の様子で膝を乗り出した。
 眩次は座りなおすと話し始めた。

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