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【小説】真神奇譚 第十一話

 いつものけもの道を五郎蔵を先頭に小四郎、眩次、お雪の順で登って行く。五郎蔵の足取りは全く覚束ないが小四郎に後押しされて何とか登っている。しかし丁度語らずの滝までの中間点辺りに差し掛かると五郎蔵が音を上げた。
 「少し休ませてくれ。わしももうろくしたものだこれくらいのことで」五郎蔵は大きく息をついた。
 「五郎蔵さん夜が明けてしまうと何かと厄介だ。私が背負って行くから背中に乗りなさい」小四郎は五郎蔵の返事も聞かぬ間にひょいと背中に抱え上げた。
 「では先を急ごう」今までの分を取り戻そうと足を速めた。
五郎蔵の案内で語らずの滝に着いた時にはもう真夜中になっていた。漆黒の闇の中、滝の流れ落ちる音だけが轟々と辺りに響いている。
 「五郎蔵さん着きましたよ。その結界とやらはどこにあるのです」小四郎はゆっくりと五郎蔵を背から降ろした。五郎蔵は気を取り直すように伸びをすると皆の方を振りかえった。      
 「こっちじゃ」五郎蔵は滝に向かって歩き始めた。滝壺は思ったより大きく満々と水を湛えている。
 「結界は滝の裏側にある。道は無いので滝壺を泳いで渡るのじゃ。なにこの滝壺は大きいが深みに落ちないようにして岸を伝って行けばなんの事は無い」先に行こうとする五郎蔵を小四郎は引き留めた。
 「ここは私が先に行こう。眩次よ五郎蔵さんを頼むぞ」
 「がってんだ。まかせてくだせい」
 小四郎は慎重に滝壺に入って行った。細い三日月の淡い光に照らされた黒い水面を、小四郎はゆっくりと進んで行き滝の落ちるすぐ脇の所に上がって身震いをした。
 「岸を伝って来れば大丈夫だ。慎重にな」
 「じゃ、五郎蔵さん行きますよしっかりあっしにつかまってておくんなさいよ。姉さんはどうします」
 「あたいは水は苦手だよ。ここに残って見張っているよ」
眩次は五郎蔵を支えながらゆっくりと滝壺に入った。
 「こりゃ冷たいなんてものじゃないね。骨まで凍りそうだよ。五郎蔵さんしっかりしなせい」
 「大丈夫じゃ、ここまで来てこれしきの事でくたばってたまるか」強がってはいてもだんだん眩次をつかむ力が抜けていくのが分かる。
 「もう少しだしっかり」眩次がもうだめだと思ったと同時に小四郎が五郎蔵を引っ張り上げた。
 「ふう、生きた心地がしませんや。五郎蔵さん立てますか」
 「大丈夫だ」五郎蔵は何とか立ち上がると弱々しく身震いをした。
 「そんなことよりこっちじゃ」五郎蔵はよろよろと滝の裏側へ歩いて行 く。
 「何をしている早く来ないか」
 小四郎と眩次が後について滝の裏側へ入ると外からは見えないが以外にも広い空間があって、不思議なことに水しぶきもかからず滝の落ちる轟音もあまり気にならなかった。
 広くなった場所の奥には古びた小さな鳥居が建っていて、その先にはこれまた古びた小さな祠が祀られていた。鳥居には消えかかってはいるが「大口真神」と書かれているのが確かに見えた。
 「ここだ、この鳥居の中に結界が張られているのじゃ。オオカミでない者は鳥居を潜っても何も起こらんがオオカミが通れば隠れ里への道が開くはずじゃ。わしは何度も試してみたが無駄だった。小四郎さん鳥居を潜ってみてくだされ」小四郎は無言で五郎蔵の悲しげな眼を見るとゆっくりと鳥居に向かった。一瞬ためらったように立ち止まったが一呼吸入れて鳥居を潜った。
がしかし何も起こらなかった。小四郎の身体はそのまま鳥居を潜って向こう側にいた。しばし五郎蔵も声が出なかった。
 「なぜじゃ、なぜ結界が開かないのだこんなはずではない」
 「本当の話なんですかい。場所が間違ってるとか、何か呪文を唱えるとか忘れてるんじゃありませんかい」
 「そんなはずはない場所はここで間違いない。他に何かあると言う話は聞いたことが無い。まさかもう隠れ里への道は閉ざされてしまったと言うのか」五郎蔵はがっくりと膝をついた。

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