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「詩」 改札の木

夜の
ターミナル駅の改札に
大勢の人が吸い込まれてゆく
渡り鳥が
越境の約束を
ふいに思い出したすばやさで

見知らぬ集団のなかで
傷つけられても
傷つけてしまうとしても
ひるまず進むために
わたしは まず息をとめ
こころの動きをとめた
すると
からだの中心で
もっともやわらかい幹が枯れはじめ
落ちた葉のぶんだけ
翼がかるくなった

この頼りない木は
いつからここに立っていたのだろう

生まれてはじめて
たったひとりで
息がつづくかぎり
全力で走り抜けたあと
気恥ずかしいくらいに
からだの奥で揺れつづけていた
草の香りや
空の高さ
それらを生の中心と定めたとき
そよぎだしたすべての感情を
わたしは木のようだと思ったはずだ

誰かを追い抜くためではなく
ただ走ってゆける喜びに
そよぐこころを
讃えながら
木は育っていった
のびすぎた枝はいつの日か
人や じぶんを
深く傷つけてしまうことなど
知りもせずに

次々に人が抜けてゆく改札で
弱い悲鳴があがった
子どもがひとり
うまく通れなかったようだ
小さな肩の迷いのなかに
みずみずしい木の葉が
何枚も動く気配があった

その瞬間を
いとおしいと
まだ感じられるこころに
わたしの木は
支えられていた

それぞれの
改札をこえ
夜の路線図のうえで
そよぎつづける木を
見守り
上空の鳥の群れもまた
線路のひかりの先へと
渡りはじめていた


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詩集『あのとき冬の子どもたち』(2017年/七月堂)より。

詩集の詳細は→こちら