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[詩」果実ひとつの

木陰で
偶然ひろいあげた
果実ひとつぶんの充実
これは 時間をかけて集められた
雨音の
静けさのおもさ

はかりしれない時間と距離から
静けさはもたらされるのだとすれば
てのひらの
青梅を流れる水音も
それに寄り添うひとの感情も
見えない流星ほどに
遠い場所から届くのだから
いま見えている雨粒からも
すこし離れ
遠さのなかで
思い出せばいい

白い上履きでどこまでも駆けていった
はつなつの 喧騒を包んでもなお
抜けるような青だった真昼の
しん、とした広がりを

あの涼しい浮力をもつ庭には
もう戻れないことを
果実ひとつぶんのおもさとして
たしかに受けとめるために

雨があがり
青梅をふたたび転がすと
ひとつぶの
静寂が
陽のなかに消えてゆき
今年も
なつがはじまっていた


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詩集『あのとき冬の子どもたち』(2017年/七月堂)より

詩集の詳細は→こちら