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[詩」 嗚咽

十年前には
花市がたち
パントマイムに
歓声があがっていたはずの
広場には
飲みかけのペットボトルや
破れた雑誌が捨てられ
ほとんどの店は閉じ
噴水の水も流れていない

教会につづく通りの壁にさえ
黒や赤のスプレーが
吹きつけられている

子どもをもたず
兄弟もいない
ひとの墓を探した
墓石を守るように
草がのび
そのなかに
以前と同じ
星型の小花が交じっていた

他人が草をむしっても
花を摘んでも
墓石の汚れは変わらなかった
ここに来たことを
残すために
黒や赤のスプレーが
服に移るくらいに
壁のそばを歩いて帰りたかったが
酔っぱらった若い男が
座り込んでいる

ほかにひとのいない
教会通りの
アパートのひとつから
途切れとぎれのピアノが
繰り返し流れてきた

空耳かもしれなかったが
壁のいちばんそばにいる男の
嗚咽にも聞こえた



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詩集『あのとき冬の子どもたち』(2017年/七月堂)より

詩集の詳細は→こちら