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詩作品

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記事一覧

[詩] ヒヤシンス

家の近くに、だれも住んでいない古い木造の洋館が建っていた。屋根は雨に朽ちかけ、壁や柱の白…

[詩] 音楽

今夜、はつゆき、 降るのでしょうか 窓のそと 静まっていく足音に 目と耳が吸い込まれ 冬にな…

[詩] ペルピニャン発

ひとつの車輛のなかで いくつかの言語の息がささやきあう ねむたげな 真昼 長距離列車がよう…

[詩] 伝言

振り返ったひとが もういちど振り返るのを恐れ わたしは振り返らずに別れたのか 振り返ったと…

[詩] 食卓

学生のころ ひと冬だけ イザベルの住む家で過ごした 石畳のうえで冷えたスーツケースを 部屋…

[詩] 水しるべ

濡れた木陰に 雨雲の疱瘡のように浮かぶ うすあおい花の球体を たよりない明かりとして 神楽坂…

[詩] 花びらと

食卓に 花びらが落ちている ちる音を いちども聞かないうちに また夜になり アパートの 隣の部屋では 泣きやまない子どもをあやすひとが こちらに聞こえないように 小さくうたをうたっている 遠い病棟にいる わたしの赤ん坊も 眠ろうとしているだろうか 夢のなかでだけ きつく抱かれ 音をたてることができた まだ温かい 花影に わたしも いつか 小さなうたを 教えよう 雪のいちばんきれいな場所を 決して踏まないような 泣きかたで 峯澤典子小詩集『Sillage 夏の航跡』(私家

[詩」 嗚咽

十年前には 花市がたち パントマイムに 歓声があがっていたはずの 広場には 飲みかけのペット…

空へと手放すために。

自分の外側にいま存在する、何かのために、誰かのために、詩を書く、のではなく。 わたしが忘…

[詩] 転居

雨は めぐりあえない花を追うように 路地を濡らしていった 荷物を送ったあとの 畳の 水の匂…

[詩」果実ひとつの

木陰で 偶然ひろいあげた 果実ひとつぶんの充実 これは 時間をかけて集められた 雨音の 静け…

「詩」 改札の木

夜の ターミナル駅の改札に 大勢の人が吸い込まれてゆく 渡り鳥が 越境の約束を ふいに思い出…

「詩」 出発点

造船所のクレーンが 灰色の水肌を縫う 規則的な運針の点々は いつのまにか霧雨となり 路面電車…

「詩」 通路

 ホテルの食堂に向かう廊下で、知り合いに似た誰かとすれ違う。すれ違う瞬間、歩く速度を落とし、懐かしい髪や肩のまぼろしを通過させた、からだは知らぬ間に傷ついている。  振り返っても、見覚えのある後ろ姿はすばやく角を曲がってしまい、誰もいない耳の通路を、しん、とした冷気が抜け、目の奥からしだいに音が聞こえてくる。じんじんじんじん、と、蟬の翅の震えのような、直射日光の熱の痛みが。  これは死ぬまで寄せては返す、血液の音だろうか。この波音に気が遠くなるほど洗われては、離れてゆく足