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家の近くに、だれも住んでいない古い木造の洋館が建っていた。屋根は雨に朽ちかけ、壁や柱の白…
今夜、はつゆき、 降るのでしょうか 窓のそと 静まっていく足音に 目と耳が吸い込まれ 冬にな…
ひとつの車輛のなかで いくつかの言語の息がささやきあう ねむたげな 真昼 長距離列車がよう…
振り返ったひとが もういちど振り返るのを恐れ わたしは振り返らずに別れたのか 振り返ったと…
学生のころ ひと冬だけ イザベルの住む家で過ごした 石畳のうえで冷えたスーツケースを 部屋…
濡れた木陰に 雨雲の疱瘡のように浮かぶ うすあおい花の球体を たよりない明かりとして 神楽坂…
食卓に 花びらが落ちている ちる音を いちども聞かないうちに また夜になり アパートの 隣の部屋では 泣きやまない子どもをあやすひとが こちらに聞こえないように 小さくうたをうたっている 遠い病棟にいる わたしの赤ん坊も 眠ろうとしているだろうか 夢のなかでだけ きつく抱かれ 音をたてることができた まだ温かい 花影に わたしも いつか 小さなうたを 教えよう 雪のいちばんきれいな場所を 決して踏まないような 泣きかたで 峯澤典子小詩集『Sillage 夏の航跡』(私家
十年前には 花市がたち パントマイムに 歓声があがっていたはずの 広場には 飲みかけのペット…
自分の外側にいま存在する、何かのために、誰かのために、詩を書く、のではなく。 わたしが忘…
雨は めぐりあえない花を追うように 路地を濡らしていった 荷物を送ったあとの 畳の 水の匂…
木陰で 偶然ひろいあげた 果実ひとつぶんの充実 これは 時間をかけて集められた 雨音の 静け…
夜の ターミナル駅の改札に 大勢の人が吸い込まれてゆく 渡り鳥が 越境の約束を ふいに思い出…
造船所のクレーンが 灰色の水肌を縫う 規則的な運針の点々は いつのまにか霧雨となり 路面電車…
ホテルの食堂に向かう廊下で、知り合いに似た誰かとすれ違う。すれ違う瞬間、歩く速度を落とし、懐かしい髪や肩のまぼろしを通過させた、からだは知らぬ間に傷ついている。 振り返っても、見覚えのある後ろ姿はすばやく角を曲がってしまい、誰もいない耳の通路を、しん、とした冷気が抜け、目の奥からしだいに音が聞こえてくる。じんじんじんじん、と、蟬の翅の震えのような、直射日光の熱の痛みが。 これは死ぬまで寄せては返す、血液の音だろうか。この波音に気が遠くなるほど洗われては、離れてゆく足