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外国人留学生への10万円給付は悪いことなのか? −日本人・留学生の「公平性」から−

3月10日の深夜、Twitterのトレンド欄にある大学界隈に関するキーワードが上がってきました。

そのキーワードとは「外国人留学生に10万円給付」です。

NHKニュースをソースとして政府が新規入国の留学生を対象として10万円の給付金の支給を決定したという内容でした。
(事実かどうかは別として、です。本投稿の最後に私見を一言書いています。)

そのキーワードについて書き込まれたTwitterコメントには、ナショナリストとリベラリストの双方から、外国人留学生への10万円給付の決定を批判するコメントが溢れていました。

そのコメントの内容としては
「日本人学生も困窮しているのに、なぜ留学生ばかりを優遇するのか」
「日本人学生はローン型奨学金を借りて大学に通っているのに、なぜ留学生に給付型奨学金をばら撒くのか?」
といった論調のものが目立っていました。
(一部、中国人留学生への支援について批判する意見もありましたが)

私は奨学金については、直接的に業務に関わっているわけではないですが、大学の業界人として、今回の騒動について私見を述べてみたいと思います。


10万円給付金は主として日本国内学生を対象とした支援

まず、困窮している日本人学生を放っておいて「なぜ外国人留学生ばかりを優遇しているのか?」という批判がありますが、これは間違いであると考えます。

というのも、

実は、日本人学生(+国内にいる外国人留学生)にも、すでに10万円が給付されているからです。

その給付とは「学びの継続のための緊急給付金」という奨学金であり、2020年度に引き続き、2021年度も昨年12月以来、2回ほど大学を通じて募集されています。
コロナによりアルバイト収入が回復しなかったり、家計が経済的な打撃を受けたりした学生が学びを続けられるように、という目的で、2021年度は国公私立大学・短大・高専・専修学校・日本語教育機関の学生67万人を対象として給付が目指されています。
(総務省発行の「日本の統計2022」によると、2021年の大学・大学院・短大・高専の就学者人口が約300万人ですので、予算規模的には5人に1人には受給できるほどの大規模な奨学金です)

しかし、文部科学省のWebサイトに載っている「申請の手引き」を見ると、この「学びの継続緊急給付金」は、国内口座への送金に限られており、実質的に国内にいる学生のみが支給対象となっていました。
そのため、3月からようやく新規入国が許可された、現在未入国の外国人留学生はこの給付金を受給することができませんでした

つまりTwitterで騒がれているような「外国人留学生に偏って、10万円を給付している」という見方は間違いであり、むしろこれまでの事実として「主として日本人学生に10万円を給付した」という事実があります
(厳密には日本人に限らず「入国済の外国人留学生」も支給対象になっています。)


奨学金支援の「公平性」を考えてみる

以上の背景を踏まえて、今回の未入国の外国人留学生へ10万円を給付するという政策の良し悪しを考えてみます。

(1)日本人も外国人も学費は同じ

まず、前提として未入国の外国人留学生も、日本国内の大学に在籍する正規生であり、国内の大学に学費を納めています。大学によっては、外国人留学生の誘致や負担軽減を目的として、大学によっては学費減免の措置を取っている大学もあるでしょうが、基本的に学費の規定額は正規生であれば、日本人であろうと外国人であろうと金額は一緒になります。つまり学びを続けるための経済的な負担は日本人同じであり、むしろ途上国から日本に学びにくる外国人留学生にとっては、購買力平価説で言えば、日本の大学の学費負担は日本人より相対的に大きくなることもあるでしょう。

(2)コロナによる経済的打撃も世界共通

そして、この新型コロナウイルスによる家庭への経済的打撃というものは日本国内に限ったものではなく全世界的に共通して発生した事象です。

つまり、日本人学生も外国人学生も大学に払う学費は同じであり、また、コロナ禍での経済的な負担増も日本人だろうと外国人だろうと境遇は同じなのです。

(3)学びの継続に向けた支援は現状、日本国内の学生にだけ

そのような学びの継続に向けた経済的な負担が増加している状況を鑑みて、日本政府は昨年12月に「学びの継続に向けた緊急給付金」という10万円の給付金を今年度も開始したのです。そして、その10万円の給付金は、日本国内にいる日本人学生と入国済みの一部の外国人留学生の経済的な負担軽減に寄与することとなりました。しかし、今回Twitterで批判の矛先が向けられた未入国の外国人留学生は、日本国内の学生が給付を受けられた10万円の給付を受給することができていません。つまり、日本国内の学生よりも、御入国の外国人留学生の方が学びの経済的な負担は大きいのです。

今回の学びの継続給付金が目的としている「新型コロナウイルスの影響による学びの継続に向けた経済的な負担を軽減する」という点から考えても、未入国の外国人留学生に対する10万円の給付金は「公平性」のある経済支援と言えると考えます。

なお、政策の公平性を考える上では、「水平的公平性」の観点と「垂直的水平性」の観点があります。

「水平性公平性」とは、日本人と同じだけの学費を負担できることを前提として来日する外国人留学生(初期状態が同じ学生)が、この10万円の給付金の受給できたか/できなかったかにより、経済的な状態に差が出ないようにする(=つまり受給できなかった学生が休学や退学を余儀なくされるという事態を招かないようにする)という考え方です。

また、「垂直的公正性」とは、日本人と比べて経済的な余力がない外国人留学生(=初期状態が異なる)が、可能な限り、日本人と同じ経済的な機会を得られるように配慮するという考え方です。

いずれの「公平性」の観点からも、この外国人留学生への10万円給付は、国外にいたことで政府からの10万円給付という支援政策を受けられなかった外国人学生の経済的機会を補うための政策として、公平性を叶えようとする至極、妥当な政策だと考えます。
(Twitterを見てると、ここぞと国費留学生(授業料フルカバー、渡航費・生活費支給)と留学生に占める中国人学生の割合を槍玉に挙げている人もいるようですが、国費留学生・私費留学生の違いについては、同僚に話を聞きながら、またの機会に整理してみたいと思います)


騒動の原因はNHKニュースの飛ばし記事ではないか?

今回の留学生への10万円給付のニュースが話題になったのは、NHKニュースが発端になっています。ここからは私の完全な私見ですが、この「新規入国の留学生に10万円給付」というニュースは、NHKの勘違いによる誤報なのではないか?と考えています。

NHKニュースの記事(3月10日)

NHKニュースのTwitterアカウントが引用していた政府決定とは「学びの継続緊急給付金」の内容とかなり一致する部分があります。折しも3月9日には、文部科学省から三次募集開始の通知がなされていました。学びの継続緊急給付金の予算説明資料には対象学生に「※留学生を含む」という一文が記載されています。ただし、予算説明資料のため、この一文は昨年12月の一次募集の段階で既に記載されていたものです。

令和3年度文部科学省「学びを継続するための緊急給付金」事業概要資料

大学の中の人として、学内の業務のスピード感をなんとなく感じとる私としては、新規入国は3月から開始されましたが、ビザの手配等で3月中旬頃から新規入国してくる外国人留学生が「入国後3日間ないし7日間程度の隔離期間終了後に、日本国内に住居を定めて、自分で銀行口座を開設して、一式の申請書類を作成し、大学に書類を提出する。大学は学生から書類を集め、送られてきた書類の審査を行い、国に推薦する。国は各大学から推薦されてきた学生をチェックし、学生の口座に振り込む。」という一連のフローを年度内に実施することは、多くの大学においてほぼ不可能なのではないかと感じています。
(弊社も3次募集の新規受付を開始したと聞いていますが、締め切りは来週になっていて、おそらく新規入国の外国人留学生の多くは申請が難しいのではないかと思います)

しかし、NHKが文部科学省からの三次募集の通知を受け、改めて予算説明資料を確認したところ「留学生を含む」という一文を発見。「これは新規入国の留学生も対象としているぞ!」と早合点して、記事を飛ばしたのではないかと、私は勝手に推測しています。

今回のTwitterの騒動を見ると、留学生への経済支援に対するナショナリスト・リベラリスト双方からのかなりの批判の声が上がっています。そして、そのTwitter上の世論?意見?を読んだ外国人からも「日本はレイシストの国」というような感想を述べるツイートも見かけました。

ただでさえ長い間、留学生に国境を閉ざし「鎖国」と呼ばれて批判されていた日本ですが、入国再開早々に「留学生ばかり支援するな!」という世論?が今回Twitterで話題になっていたことが国外に知れ渡ってしまうと「日本人は外国人に冷たい」「日本は排外的な国」であるという印象が世界に広まり、日本人や日本という国の印象がさらに悪化してしまうのではないかと危惧しています。

私の知っている中でも、留学生のスムーズな受け入れのため、入国にかかる負担軽減のために日々遅くまで仕事に取り組んでいる同僚もいます。
もし仮に、NHKが飛ばし記事でこの留学生への10万円を給付を報じ、今回のような混乱を招いたのであればそれは看過すべき問題ではないと感じます。NHKは、外国人留学生を取り巻く事態を正しく把握し直し、直ちに訂正記事をあげるべきです。
また、NHKが飛ばし記事にもかかわらず扇情的なタイトルをつけた報道を行ったのであれば、留学生が学びを続けるための経済的負担軽減に独自に取り組んでいる大学や、留学生のフォローにあたっている職員の努力を無駄にさせるものであり、大学関係者はNHKに対して断固として抗議の声を上げてもよいのではないでしょうか。
(以上)
2022.3.11

追記

(2022.3.12追記)NHKの誤報と判明
本件は、どうやらNHKが学びの継続のための緊急給付金を留学生のための奨学金と誤認して、ミスリードするようなタイトルをつけて報道した誤報だったようです。
すでに元のニュース記事はタイトルがしれっと修正され、学びの継続緊急給付金の説明らしく日本の学生を含めた支援と書かれています。 

(修正前)入国も困窮の外国人留学生に10万円支給決定 政府

(修正後)経済的困窮の外国人留学生や日本の学生に10万円給付へ 政府

しれっと修正された記事タイトル

現在のところ、このタイトル修正について、NHKから「誤解を招く表現だったから直したわ、すまん!」というコメントは一切出ておりません。

なお、NHKが発したこのフェイクニュースは、既にロイター(Reuters)に転載されており、英語で国際ニュースとして発信されています。

転載されたロイターの記事

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