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就活生のルッキズム

これまでの人生、振り返ると
他人の物差しをおもんばかって生きてきたような気がする。

つるむ人間、趣味、身に着けるアクセサリー。

どれもが他人を意識した結果、選択したものだった。

微妙に寝癖を残したまま、全身無地の服をまとい、
絶妙に汚れた瞬足みたいなスニーカーを履いてるヤツを見ると、
なんだか可哀想に思う。

他人からどう見えるのか?
どう思われるか?
なにを感じ取られるか?

マイナスのほうには行かせまいと思い、常に選択してきた。

「自分は、自分の好きな恰好をする」

こんな言葉をよく聞く。とても耳障りがいい。
でもそんな言葉に共感してないのはわかってる。
どうせ逃げてるだけだろ。

「服とかよくわからない」 「そもそも別に気にしてない」

じゃあそのまま寝癖をつけて、きったない瞬足を履き続ければいい。

それが "お前の" 恰好なんだろうから。

ただこっちに馴れ馴れしくしないでくれよ。
同じコミュニティにいると思われたら癪だからな。

そんなことを考えながら、男は他人のプレゼンを聞いていた。

男はサマーインターンの選考の真っ最中。
企業の採用選考フローの一つであるサマーインターンに参加するための
選考に参加している。

グループワークが内容の主であるサマーインターンに参加するために、
こうしてグループワークに参加し、良い結果を残さなくてはならない。

男はもう飽き飽きしていた。
だからグループワークの内容と関係のないことを頭に巡らせていた。

男には自信があった。
「自分はかならずこの選考を突破できるだろう」

男は就職活動を通して、社会から肯定されているような感覚を覚えていた。
男は自他ともに「順調である」と認められるような就職活動を送っていた。

極端に採用活動の開始が早い戦略コンサルティングファームをはじめ、
同じく開始時期が早い外資IT、メガベンチャーの選考に立て続けに参加し、"特別な早期選考パスへの案内" という結果を収めていた。


はあ。
あと三組か。
あと三回プレゼンを聞いたら終わる。
早く帰りたい。
五月の少し暑いくらいの日にスリーピースはなかなか心地悪い。

男はスリーピースのスーツを身にまとっていた。

周りを見渡す限りでは、モノトーンのリクルートスーツばかり。
少なくともスリーピースは一人もいない。

そんな状況に男は少し優越感を感じていた。

このグループワークに参加しているのはざっと見て30人。
この中から次回選考に呼ばれるのは例年通りだと約10人。

男はその10人に入ると確信していた。

プレゼンの内容はもちろん、基礎的な声の出し方、抑揚のつけ方、間の取り方、立ち姿。
そのすべてで勝っているとは思わない。

しかし、総合点で考えたときにはこの中で一番であると考えていた。


swatchをリクルートスーツに合わせるか?
アクセサリーのセンス、中学生から変わってないのか?
アンバランスすぎて目につく。
まあ就活生だったら許されるか。

大体なんだあのしゃべり方。
小声のせいで緊張による声の震えが強調されて、聞いているこっちが不安になってくる。
頭を掻くような仕草、落ち着きがなくやたらと体を左右に揺らす癖。
見てて恥ずかしくなってくる。

プレゼンの内容うんぬんなんて頭に残らねえよ。
それ以前の問題だなありゃ。


他の組のプレゼンを聞きながら、男は評価をしていた。
スリーピースにグランドセイコーを身に着け、足を軽く組みながら、
男はプレゼンを聞いていた。


ようやく最後の一組か。
ハミルトンPSR、ブラウンのジャケット、あれは革のスニーカーか。

パッと目がいくな。
他のリクルートスーツ一緒くたのやつとは明らかに印象が違う。

堂々とゆったりしゃべっている。
なかなかうまい。
少なくともストレスは感じない。
しっかり内容が入ってくる。
論理構造や根拠の出典にも違和感をもたない。

ふーん。
やっぱり早期選考ってこともあって掘り出し物があるもんだな。


男は実は緊張を覚えていた。
自分が脅かされているような感覚。
もしかしたらと、落選をちらりと思い浮かべていた。

しかし男はあくまで評価をしていた。
潜在的には緊張を感じているはずなのに、思考にそれを持ち込ませない。
自分はあくまで冷静であるとし、物思いに戻ろうとする。
これは男の防衛本能みたいなものだった。


「みなさん!大変お疲れ様でした!」

男の思考が中断された。
最後の組のプレゼンが終わり、入れ違いで人事部の人間が登壇した。


「みなさんのプレゼンですが、大変クオリティが高く、実に練られた内容でしたね!」


んなわけあるか。
最後のプレゼンが圧倒的に出来がよかった。
あとは別に大したことなかったろ。


「これからの選考ですが、またみなさん個人個人にこちらからご連絡いたします!」

「それでは、みなさん本日はご参加いただき誠にありがとうございました!」


周りの就活生が徐々に立ち上がっていく。
男もそれに倣って出入口へ向かう。
小学生の運動会みたいに整列して出入口に向かっている。

出入口に到着しかけたその時、
PSR、茶色のジャケットの彼が男に話しかけた。


「ねえねえ!その時計カッコいいね!どこのヤツ?」


男は硬直した。
心臓を握られたような感覚を覚えた。
男の防衛本能が働いていた。

一拍置いて言った。


「あ? グランドセイコー。」








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