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【試し読み】芦花公園さん『宇宙の家』


■著者紹介

芦花公園(ろかこうえん)
東京都生まれ。2020年、Web小説サイト「カクヨム」に発表した中編「ほねがらみー某所怪談レポートー」が注目される。同作を改題・書籍化した『ほねがらみ』でデビュー。著書に『異端の祝祭』『漆黒の慕情』『聖者の落角』の佐々木事務所シリーズや『パライソのどん底』などがある。

■あらすじ

これから話すお話は、私が小学生だった頃に体験した実話である。今はもう、とある田舎町のUFO公園と呼ばれている場所に昔は民家が建っていて、そこへ私が行った、もとい連れていかれたときの話だ。ただし、先に言っておきたい。この話は表に出ている情報とは異なっているし、なにより、これを読んでもそこへ行くべきではない。

■本文

 これはずっと前に行ったもう行くことはない家の話だ。
 その家はとある県の、空港から二時間ほど車を走らせたところにある。
 全く開発されていない土地だから何もない。本当に何もないのだ。車道の脇には竹林が生い茂っていて、街灯もなく、夜は走れたものではない。
 車道沿いに点々とある文字の消えかかった商店はどこも看板だけ出して閉店しており、店の前には廃車にしか見えないような車が何台か停まっている。
 死んだ町ではない。元から何もないのだ。
 唯一目立つものがあるとすれば、公園だろう。大きな円盤型の遊具がある。そこで遊ぶ子供はいないのに——いや、いないからこそ、塗装ひとつ剝がれていないそれは、太陽の光を受けて銀色に光っている。
 UFO公園と呼ばれる、と書いてしまうと、特定されるかもしれない。でも、特定したとしても、あなたたちの誰も、そこに行くべきではない。これを最後まで読んでもなお行こうと思うような人間は、行ったらいいと思うが。
 とにかくUFO公園と呼ばれるのだ、その公園は。
 なぜUFOを模した円盤型の遊具などがあるのかといえば、その土地にはUFO事件があったからだ。
 今から三十年以上前に、地元の天文部の高校生が、引率の先生と一緒に合宿をした。そのとき、空に二つ、大きな光を見たと言う。当時、オカルト雑誌などを中心に、空飛ぶ円盤ブームがあったから、このことは大変な話題を呼んだ。信じられないことに、大手新聞社やテレビ局までもが取材に来たと言う。
 当時のインタビュー記事から抜粋しよう。

「あいは鳥じゃいか」
「こがい飛びゆう鳥はおらん」
「そしたら飛行機じゃ」
「飛行機じゃったら音がするじゃろ」
 部員たちと私でそんな会話をしました。
 アメリカでUFOを見たと言う人が何人もいるのは知っていましたから、皆興奮していましたね。それで、部員の一人が、もう少し近くで見てみようと言ったのですが、私が止めました。もし近寄って、何か落下でもしてきたら、危険ですから。
 それでは写真を撮るのはいいかと聞かれたので、それは許可しました。
 しかし、部員の一人がカメラを向けて、シャッターを切った瞬間、そのまま動かなくなりまして。皆で揺さぶって、やっとカメラを離したんですが、そのあと彼女は呆然自失といった様子で、何を話しかけても「見られた」というばかりで。
 彼女に話を聞くのはやめてあげてください。お母様も大変悩んでおられるので。

 記事には、引率の先生の顔写真と共に、その時部員の女子が撮影した写真が載っている。木が二本立っている以外何もない薄暗い場所。その木と木の間にうすぼんやりと光る円盤に見えないこともない何かが二つ浮かんでいる、それだけの写真だ。
 結局、このように写りの悪い写真が二枚あっただけだから、その後雨後の筍のように現れたUFO目撃情報でこの話は搔き消されてしまった。しかし、件の女子学生がその後精神を病み、まともに他人と話せなくなってしまったことは事実だ。にも拘わらず、ここはUFO公園と名付けられた。UFO目撃情報で町おこし、などと考えたのだろう。実際の被害者がいるのに、恐ろしいことだ。幽霊より人間の方が恐ろしいという言葉は、このようなときに使うべきなのかもしれない。
 私は、幼い頃、このようなおぞましい町おこしが企画された土地に、なんらかの罰として送られた。
 なんらかというのは、なんらかだ。今もよく分からない。して、送られたとき私はほんの子供だったのだ。
 私は、幼い頃、当たり前のように、父と母と暮らしていた。
 東京の中野区のマンションに住んでいた。そこまで広くはないがきちんと私用の部屋もあった。両親に猫かわいがりされた記憶はないが、そのとき好きだった特撮のおもちゃなども買ってもらえたし、テーマパークに遊びに行った記憶もあるから、特に生活に困ったことはない。普通の親子関係だろう。
 少し変わったことがあるとすれば、両親とも、家にずっといたということだろうか。
 勿論、作家のように、在宅でできる仕事も存在する。しかし、両親がそういうことをしていた記憶はない。ただずっと、働かず、家にいたようなのだ。
 小学校四年生くらいになると、家のおかしなところもなんとなく分かるようになってきた。普通は、どちらかが、あるいは両方が、働いているものだ。そうしないと、生活が成り立つわけがない。
 家族について聞かれたり、作文を書いたりする機会があれば、両親は会社員だと紹介するように言われた。言われたとおりにしたが、そのたびに、吐きたくもない噓を吐くことになり、不愉快だった。そして、やはり両親も、自分たちがおかしいことを自覚しているのだと気付き、ますます奇妙に思った。
 意を決して、当時の親友に「両親が働いている様子がない」と打ち明けたことがある。彼は小学生ながら賢しらな少年で、「それはおじいちゃんとかおばあちゃんとかの金で生活してるんだろう」と言った。私は祖父母について聞いたことはなかったから、恐らくそんなことはないだろうと思ったが、無理やり納得した。しかし、頭の片隅には常に、他の家庭と違うことについての不安と、両親への猜疑心があった。
 その、頭の片隅にあるネガティブな感情が形となって現れたのが、小学校四年生の秋だ。
 夏休みが終わり、初登校をして、帰宅するといつもインターフォンを鳴らすとすぐに開けてくれる母が来ない。何度か鳴らしても出ないので、なすすべなく私はドアの前に体育座りをした。
 秋と言ってもまだ蒸し暑く、汗で肌に張り付いたシャツが不快だったことを覚えている。
 目に入ってくる汗に耐えながらしばらくじっとしていると、ふと目の前に気配がした。顔を上げると、背の高い女性が私を見下ろしていた。
 私が何か言う前に、
「お前はこの家の子供か」
 と尋ねてきた。
 私は何も答えなかった。その女が黒いスーツを着ていて不審に見えたのもあるが、何より口調の端々に、私への嫌悪感が滲み出ていたからだ。言葉を間違えれば、長い足で蹴りでも入れられそうだと思ったのだ。
 私が何も答えないのを見て苛ついたのか、女は扉を蹴った。そして、蹴られるのかもしれないと思って身を竦める私の様子が滑稽だったのか、心底軽蔑したように「ハッ」と鼻で笑った。
「お前、喋れないなら口などいらないんじゃないか」
 体がびくりと震えた。この女なら、「口などいらない」という言葉通り、私の口を縫い付けたり、喋れなくなるまで顔を殴打するなどしそうだと想像したからだ。
「可哀想、可哀想」
 ふと、歌うような声が聞こえた。
「可哀想、可哀想だよ」
 不快な甲高さの声だった。
 背の高い女の陰に隠れるように、目ばかりぎょろぎょろと大きい、男か女かも分からない小柄な人間がいた。腹は樽のように膨れているのに、足は棒のように細くて、「可哀想」というたび体が不安定に揺れる。その様子が生理的嫌悪感を刺激し、悪意を持って話しかけてくる女より、むしろずっと不愉快だった。
 女はフン、と鼻を鳴らして、
「もういい。お前がこの家の子供だということは分かっている。よくもここまで、のうのうと大きくなったものだ」
 そう言ってから私の腕を強く引っ張った。
「痛い! やめて!」
 私は勿論、大声で叫んだ。しかしそれは何の意味もなかった。
 女は躊躇なく私の頰を張った。
 瞬時に頰が熱を持った。今まで経験したこともない激痛で涙が出る。鼻から流れているものが鼻水なのか、鼻血なのか、分からなかった。声を上げて泣くと、ふたたび同じ場所を同じように叩かれた。
「うるさい。泣くな。お前に同情する人間はいない。お前は罪から生まれた罪の凝縮だ」
「可哀想ってえ」
 不気味な声がそう言うと、女は忌々しげに舌打ちをした。
「ついてこい」
 女は私を強引に立たせ、自分の進む方向に引き摺る。私はもはや抵抗する気力を失い、せめて腕が痛くないよう小走りでついていった。
 強引に車に押し込まれ、私の左隣に不気味な生き物が乗り込む。
 それの突き出た腹が私の太腿にぴったりとくっついた。やはり、近くで見てもその腹は異常な大きさで、ただ単に太っているのとは違うように見えた。
 車はいつもの通学路を通り過ぎ、大通りに出た。沢山、人が歩いていた。
 スピードが落ちている今のうちにドアを開けて飛び出したらどうなるだろうかと考える。怪我はするかもしれないが、恐ろしい女と、不気味な生き物から逃れられるのではないかと。
「やめておいた方が良い」
 私の脳内を見透かしたように女が言った。
「そんなに小さいのに、逃げられるわけがない」

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