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【無料公開】 HDRの基礎知識

映像の常識が変わる? 2022 年、Apple 製品のディスプレイが次々と HDR 対応モデルへと切り替わり、もはや HDR が当たり前の世界が訪れようとしています。今回はそんな HDR の映像制作をはじめる上で、覚えておきたい基礎知識を紹介していきます。


1. HDR が映像の新常識になる理由

前回の記事でも触れましたが、近年、動画の視聴環境は TV 画面からモバイル端末に移行しつつあります。たとえば TV の場合は、価格帯によりその性能がピンからキリまでありますが、最近のスマートフォンの場合は、そのほとんどが TV 画面の性能を超える P3 規格 以上の(広色域の)ディスプレイを搭載したものとなっています。

この P3 規格は、HDTV の標準規格である Rec.709 よりも色域が約 25% 広い ので、Rec.709 環境で制作された映像を P3 の環境で見ると “色が浅く感じられる” という現象が起こります。また Apple 製品では、Retina Display という TV 画面より高輝度なディスプレイを採用しており、従来よりあざやかな色彩表現ができる仕様となっています。

そうした、最新の高輝度・広色域のディスプレイに最適な映像を制作するために必要となるのが、この記事で紹介する HDRHigh Dynamic Range)の技術、という話です。以降、この記事では、HDR 環境で映像制作をする上で覚えておきたい “基礎知識” を紹介していきたいと思います。

2. HDR は “輝度” を自由に変えられる

HDR の最大の特徴は、映像の “輝度” をコントロールできる点にあります。HDR に対して、従来の映像のことを SDR(Standard Dynamic Range)と呼びますが、SDR 環境では 0〜100% の範囲内でしか明るさを調整できなかったのに対し、HDR 環境ではその明るさを 100% を超える範囲にまで拡張することで、P3 規格のディスプレイに最適な映像表現ができるようになります。

HDR 環境では、輝度の単位は nit(ニット)または cd㎡(カンデラ平方メートル)が使われます。どちらも尺度は同じで、100 nit = 100 cd㎡ です。一般的な液晶テレビの輝度が 100〜500 nit なのに対して、Retina XDR ディスプレイを搭載した Macbook Pro は 1600 nit、iPhone 13 は 1200 nit まで輝度を上げられるようになっています。

MacBook Pro - Apple

また HDR の輝度は、理論的には 10,000 nit まで上げることができますが、輝度を上げ過ぎるとまぶしくて長時間見ていられなくなるため、特に映画などのデジタルシネマ作品では、ハイライト側よりも シャドウ部の階調が豊かになる という点が、そのメリットとして挙げられています。

Mindhunter Season 2 - Netflix

逆にハイライト部に関しては、たとえば室内空間などで、映像にライトPractical Lightが映りこむような場面ではライトの輝度が高くなり過ぎて悪目立ちする傾向がある ので、あえてハイライト側の輝度を抑えこむ必要がある、といった課題もあります。

Mindhunter Season 2 - Netflix

3. HDR の標準規格は BT.2100

規格に関しては、これまで SDR 環境では、HDTV の標準規格 BT.709 で定められたコントラスト・色域の範囲内で映像制作をしてきましたが、HDR 環境では、2016 年に制定された ITU-R BT.2100 が標準規格となっています。BT.2100 で定められた HDR の基本要件は、以下の通りになります。

ITU-R BT.2100 による HDR 映像のおもな要件
解像度:HD・4K・8K
ガンマ:PQ または HLG 方式
色 域:Rec.2020
色深度:10-bit または 12-bit

4. Transfer Function とは?

HDR の世界では、映像のコントラストを決めるガンマカーブのことを 伝達関数Transfer Fuction)と呼びます。SDR の環境ではあまり意識されていませんでしたが、そもそもこのガンマカーブは2種類あり、映像を撮影する際に使われるものを OETF、撮影した映像をディスプレイに表示する時に使われるものを EOTF と呼びます。

わかる!3DCGでのカラーマネージメント|EIZO

伝達関数の名前に関しては、リアルな撮影空間にある光(Scene Light)を Optical、それを記録するために電子化した状態を Electoric と定義した上で、それぞれの頭文字が名前に利用されています。たとえば、O→E に変換する OETF はカメラで使われるもの、E→O に変換する EOTF はディスプレイで使われるもの、という意味合いになります。

5. HLG と PQ の違いとは?

HDR 映像で使われる伝達関数には、❶ HLG、❷ PQ という 2 種類の方式があります。

❶ HLG:Hybrid Log Gamma
HLG は 2015 年に BBC と NHK が共同開発した、放送業界向け の HDR の伝達関数です。この HLG の特徴は、映像の明るさをディスプレイのピーク輝度に応じて自動調整する という点にあります。そのため HLG 方式の映像は、従来の SDR のディスプレイでも問題なく表示ができるものの、よくも悪くもディスプレイごとに明るさが変わってしまうという問題を抱えています。

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また後述する PQ とは異なり、HLG はおもに撮影段階で使われる OETF 型のガンマカーブである、という点にも特徴があります。HDR 向けに特別な調整をする必要がなく、生放送でもそのまま使える設計になっている、という点がポイントとなります。

❷ PQ:Perceptual Quantizatoin
一方、PQ は Dolby Laboratories 社が開発をして 2014 年に標準化された、デジタルシネマ業界向け の HDR の伝達関数になります。PQ 方式のガンマカーブは、映像のバンディング(階調がギザギザになる現象)を緩和して、自然な階調を再現できるよう人間の視覚をベースにした設計となっています。

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またこの PQ は、ディスプレイ表示のための EOTF 型のガンマカーブなので、10-bit 以上の色深度かあれば使用するカメラや記録フォーマットに制限がなくあらゆる撮影素材に適応できる というメリットがあります。

その反面、PQ 方式の HDR 映像をそのまま SDR のディスプレイ環境で視聴すると、作品によっては暗部は潰れたり、ハイライト部がクリップした状態になってしまうため、SDR ディスプレイで最適なコントラストになるよう調整した SDR 版を制作する必要がある、という面倒な部分もあります。

6. HDR の規格は4種類ある

HDR の映像コンテンツで使われる規格は、おもに 4 種類あります。HLG は前述したとおり BBC、NHK が共同開発した放送業界向けの規格になりますが、その他の HDR10、HDR10+、Dolby Vision の 3 規格は、いずれも PQ 方式を採用したデジタルシネマ業界向けの規格となっています。

❶ HDR10
❷ HDR10+
❸ Dolby Vision
❹ HLG

❶ HDR10
現在、最も広く普及している HDR10 は、2015 年に全米家電協会(CTA)が策定した PQ 方式の HDR 規格です。この HDR10 は、色深度は 10-bit、ピーク輝度は最大 10,000 nit までの範囲でコンテンツ全体で固定という、静的トーンマッピング を採用している点に特徴があります。HDR の規格として必要最低限のスペックを備えたもの、というイメージです。

❷ HDR10+
HDR10 の拡張版である HDR10+ は、2017 年に Samsung、Amazon Video が策定した PQ 方式の HDR 規格です。HDR10+ は 10-bit 以上 の色深度に対応しており、最大 10,000 nit までの範囲でフレーム単位でピーク輝度を変えられる 動的トーンマッピング を採用している点に特徴があります。その名前の通り、HDR10 規格をより拡張したものが HDR10+ という位置付けになります。

❸ Dolby Vision
Dolby Vision は、2014 年に Dolby Laboratories 社が開発した世界初の HDR 規格で、映画などデジタルシネマ作品(映像コンテンツ)向けの規格となっています。 また Dolby Laboratories は PQ 方式の生みの親でもあるので、Dolby Vision もまた PQ 方式の EOTF を採用しており、Netflix が推奨する  HDR の標準規格にもなっています。

この Dolby Vision は HDR+ と同じく、10,000 nit までの範囲でピーク輝度を変えられる 動的トーンマッピング を採用していますが、色深度は 12-bit 以上と定めれています。また他の HDR 規格との違いとしては、使用にあたりライセンス料が発生したり、マスタリングに使用する専用機器が高額、という特徴もあります。

以上が、HDR 映像を制作する上でまず覚えておきたい基礎知識になります。次回の記事では、HDR の “色管理” をする上で重要なツールとなる、HDR 対応ディスプレイ に関する情報をまとめていきたいと思います。

※ 当記事は、必要に応じて加筆・修正を加えアップデートをおこないます。

---------- Reference ----------

🗒 カラーグレーディング:Dolby Vision / HDR - Netflix Help Center
https://partnerhelp.netflixstudios.com/hc/ja/articles/360000599948

🗒 放送用 HDR|Adobe
https://helpx.adobe.com/jp/premiere-pro/using/hdr-workflows.html

🗒 よくわかる、HDR徹底解説!HDRとは|EIZO
https://www.eizo.co.jp/eizolibrary/color_management/hdr/index.html

🗒 よくわかる、HDR徹底解説!ガンマカーブの違い|EIZO
https://www.eizo.co.jp/eizolibrary/color_management/hdr/index2.html

🗒 わかる!3DCGでのカラーマネージメント|EIZO
https://www.eizo.co.jp/support/db/files/catalogs/ce/3DCGColorManagementHandbook_ver6.pdf

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