マガジンのカバー画像

『浅草文庫』浅草をめぐる、本の旅。

18
浅草の魅力を、時代時代の庶民の情報媒体であった小説・随筆・詩・俳句・絵画・浮世絵で語られるコトバで紡ぎます。日本食料理屋「浅草おと」の2Fより、大好きな浅草の風景を眺めながらお届… もっと読む
運営しているクリエイター

記事一覧

久保田万太郎が愛した浅草|浅草文庫 #朝note

浅草の魅力を、時代時代の庶民の情報媒体であった小説・随筆・詩・俳句・絵画・浮世絵で語られるコトバで紡ぎます。私が日本食料理屋「浅草おと」を根城に運営する「浅草文庫」WEBサイトより編集。浅草をめぐる、本の旅。 久保田万太郎が愛した浅草  しかくいまの広小路は「色彩」に埋もれている。強い濃い「光」と「影」との交錯を持っている。……ということは古く存在した料理店「松田」のあとにカフェエ・アメリカ(いま改めてオリエント)の出来たばかりの謂いではない。そうしてそこの給仕女たちの、赤

岡本綺堂が愛した浅草|浅草文庫 #朝note

浅草の魅力を、時代時代の庶民の情報媒体であった小説・随筆・詩・俳句・絵画・浮世絵で語られるコトバで紡ぎます。私が日本食料理屋「浅草おと」を根城に運営する「浅草文庫」WEBサイトより編集。浅草をめぐる、本の旅。 岡本綺堂が愛した浅草  両国と奥山は定打で、ほとんど一年じゅう休みなしに興行を続けているのだから、いつも、同じ物を観せてはいられない。観客を倦きさせないように、時々には観世物の種を変えなければならない。この前に蛇使いを見せたらば、今度は雞娘をみせる。この前に一本足をみ

坂口安吾が愛した浅草|浅草文庫 #朝note

浅草の魅力を、時代時代の庶民の情報媒体であった小説・随筆・詩・俳句・絵画・浮世絵で語られるコトバで紡ぎます。私が日本食料理屋「浅草おと」を根城に運営する「浅草文庫」WEBサイトより編集。浅草をめぐる、本の旅。 坂口安吾が愛した浅草  タロちゃん(淀橋太郎)なども、興行師だから、私と飲んでいるうちにも、目の玉のギロリと見るからに一癖ある大人物の浪花節やら、漫才やらそんなのが膝すりよせてヒソヒソと何か打合せに来たり、可愛いゝ踊子さんが役を頼みにきたり、そこで私は大喜びで、 「ち

久保田万太郎が愛した浅草|浅草文庫 #朝note

浅草の魅力を、時代時代の庶民の情報媒体であった小説・随筆・詩・俳句・絵画・浮世絵で語られるコトバで紡ぎます。私が日本食料理屋「浅草おと」を根城に運営する「浅草文庫」WEBサイトより編集。浅草をめぐる、本の旅。 久保田万太郎が愛した浅草  「古い浅草」とか「新しい浅草」とか、「いままでの浅草」とか「これからの浅草」とか、いままでわたしのいって来たそれらのいいかたは、畢竟この芥川氏の「第一および第三の浅草」と「第二の浅草」とにかえりつくのである。  ――改めてわたしはいうだろ

高篤三が愛した浅草|浅草文庫 #朝note

浅草の魅力を、時代時代の庶民の情報媒体であった小説・随筆・詩・俳句・絵画・浮世絵で語られるコトバで紡ぎます。私が日本食料理屋「浅草おと」を根城に運営する「浅草文庫」WEBサイトより編集。浅草をめぐる、本の旅。 高篤三が愛した浅草 浅草は 風の中なる 十三夜 同時代に描かれた小説・随筆・詩・俳句1937(昭和12)年から前後2年の間に語られた、浅草の魅力。 『浅草文庫』とは?浅草について、江戸時代、戦前、戦中、戦後、高度経済成長前まで、沢山の小説家・俳人・詩人に愛され、彼

江戸川乱歩が愛した浅草|浅草文庫 #朝note

浅草の魅力を、時代時代の庶民の情報媒体であった小説・随筆・詩・俳句・絵画・浮世絵で語られるコトバで紡ぎます。私が日本食料理屋「浅草おと」を根城に運営する「浅草文庫」WEBサイトより編集。浅草をめぐる、本の旅。 江戸川乱歩が愛した浅草  あなたは、十二階へ御昇りなすったことがおありですか。アア、おありなさらない。それは残念ですね。あれは一体どこの魔法使が建てましたものか、実に途方もない、変てこれんな代物でございましたよ。表面は伊太利の技師のバルトンと申すものが設計したことにな

淡島寒月が愛した浅草|浅草文庫 #朝note

浅草の魅力を、時代時代の庶民の情報媒体であった小説・随筆・詩・俳句・絵画・浮世絵で語られるコトバで紡ぎます。私が日本食料理屋「浅草おと」を根城に運営する「浅草文庫」WEBサイトより編集。浅草をめぐる、本の旅。 淡島寒月が愛した浅草  向島は桜というよりもむしろ雪とか月とかで優れて面白く、三囲の雁木に船を繋いで、秋の紅葉を探勝することは特によろこばれていた。季節々々には船が輻輳するので、遠い向う岸の松山に待っていて、こっちから竹屋! と大声でよぶと、おうと答えて、お茶などを用

太宰治が愛した浅草|浅草文庫 #朝note

浅草の魅力を、時代時代の庶民の情報媒体であった小説・随筆・詩・俳句・絵画・浮世絵で語られるコトバで紡ぎます。私が日本食料理屋「浅草おと」を根城に運営する「浅草文庫」WEBサイトより編集。浅草をめぐる、本の旅。 太宰治が愛した浅草  私、深山のお花畑、初雪の富士の霊峰。白砂に這い、ひろがれる千本松原、または紅葉に見えかくれする清姫滝、そのような絵はがきよりも浅草仲店の絵はがきを好むのだ。  人ごみ。喧噪。他生の縁あってここに集い、折も折、写真にうつされ、背負って生れた宿命

竹久夢二が愛した浅草|浅草文庫 #朝note

浅草の魅力を、時代時代の庶民の情報媒体であった小説・随筆・詩・俳句・絵画・浮世絵で語られるコトバで紡ぎます。私が日本食料理屋「浅草おと」を根城に運営する「浅草文庫」WEBサイトより編集。浅草をめぐる、本の旅。 竹久夢二が愛した浅草  淺草も變つた。仲店の、あれも虎の門や上野の博物館や銀座や十二階とおなじ時分に出來たと思はれる赤煉瓦の長屋の文明開化趣味も、もうなくなつた。いま新しく建築中だがこんどはどんなものになるだらう。安い西洋菓子のやうな文化建築をデコデコと建て並べなけれ

高見順が愛した浅草|浅草文庫 #朝note

浅草の魅力を、時代時代の庶民の情報媒体であった小説・随筆・詩・俳句・絵画・浮世絵で語られるコトバで紡ぎます。私が日本食料理屋「浅草おと」を根城に運営する「浅草文庫」WEBサイトより編集。浅草をめぐる、本の旅。 高見順が愛した浅草  場面は、――綴り方の女生徒のおとッつぁんのブリキ屋の職人が、大晦日だというのに親方から金が払って貰えず、一文無しで正月を迎えねばならない。人のいいおとッつぁんは家へ帰って家族と顔を合わせると、苦痛に狂ったようになって暴れ回る。そうした場面になった

北原白秋が愛した浅草|浅草文庫 #朝note

浅草の魅力を、時代時代の庶民の情報媒体であった小説・随筆・詩・俳句・絵画・浮世絵で語られるコトバで紡ぎます。私が日本食料理屋「浅草おと」を根城に運営する「浅草文庫」WEBサイトより編集。浅草をめぐる、本の旅。 北原白秋が愛した浅草 われは思ふ、浅草の青き夜景を、 仲見世の裏に洩るる短夜の葱のむせびを、 公園の便所の瓦斯を、はた、澄めるアルボースの香を。 あはれなる蛇小屋の畸形児を、かつは知れりや、 怪しげの二階より寥しらに顔いだす玉乗の若き女を、 あるはまた曲馬の場に息喘

小熊秀雄が愛した浅草|浅草文庫 #朝note

浅草の魅力を、時代時代の庶民の情報媒体であった小説・随筆・詩・俳句・絵画・浮世絵で語られるコトバで紡ぎます。私が日本食料理屋「浅草おと」を根城に運営する「浅草文庫」WEBサイトより編集。浅草をめぐる、本の旅。 小熊秀雄が愛した浅草  汝 観音様よ、  浅草の管理人よ、  君は鳩には豆を我等には自由を――  腹ふくるゝまで与へ給へ、  彼は他人の投げた  お賽銭で拝んでゐた  かゝる貧乏にして  チャッカリとした民衆に  御利益を与へ給へ 同時代に描かれた小説・随筆・詩・俳

江戸川乱歩が愛した浅草|浅草文庫 #朝note

浅草の魅力を、時代時代の庶民の情報媒体であった小説・随筆・詩・俳句・絵画・浮世絵で語られるコトバで紡ぎます。私が日本食料理屋「浅草おと」を根城に運営する「浅草文庫」WEBサイトより編集。浅草をめぐる、本の旅。 江戸川乱歩が愛した浅草  ある日のこと、私はそれらのベンチの一つに腰をおろして、いつもの通りぼんやり物思いに耽っていました。丁度春なんです。桜はもう過ぎていましたが、池を越して向うの活動小屋の方は、大変な人出で、ドーッという物音、楽隊、それに交っておもちゃの風船玉の笛

添田唖蝉坊が愛した浅草|浅草文庫 #朝note

浅草の魅力を、時代時代の庶民の情報媒体であった小説・随筆・詩・俳句・絵画・浮世絵で語られるコトバで紡ぎます。私が日本食料理屋「浅草おと」を根城に運営する「浅草文庫」WEBサイトより編集。浅草をめぐる、本の旅。 添田唖蝉坊が愛した浅草  浅草に現はれる乞食は、みなそれぞれに風格を具へてゐるので愉快である。乞食といふ称呼をもってする事は、この諸君に対してはソグハないやうな気がするくらいだ。いかにこれらの諸君が人生の芸術家であるか、また、浅草を彩るカビの華であるかといふことについ