見出し画像

#10 羊本、生まれる

noteの執筆をしばらく放置してしまい失礼致しました。
この期間に2本書いてはいたのですが、多忙だったこともあってアップロードに及ばず、結果的に賞味期限が過ぎてしまったのでお蔵入りとなりました。
2本の内容は、3/11の羊牧場訪問と、ラム酒について、でした。

さて、気を取り直して新たな稿を書きましょう。
表題のとおり、先月末、ようやく羊本が生まれました。
現在の住まいのある三里塚に越してから8年7ヶ月、着想から数えれば9年以上。
難産というか、想定外というか、とにかくやり切ったと言う以外ありません。
実際、着手した当時は2〜3年で切り上げるつもりでしたが、3年を過ぎた頃にノーリターンポイントに差し掛かり、先へ進むことを選んだ結果、その倍以上の年月を費やすことになったのでした。
まあ、なんとか生まれたので、結果オーライということにしておきましょう。

ところで、生まれたばかりの羊本ですが、『羊と日本人 波乱に満ちたもう一つの近現代史』という分かりやすい名前で刊行されています。
これは、発行元である彩流社さんの担当編集者さんからの提案を受けて、話し合いの上で定まったもので、実を言うと、私が持ち込んだ当初原稿には別の名前が付いていました。
そのことは出版された本の中にも書いていませんので、誰も知らないわけですが、ここで少しだけ当初のタイトルを振り返ってみたいと思います。

それは『緬羊狂時代』というものでした。
クラシック映画が好きな人なら、チャールズ・チャップリンの『黄金狂時代』を思い出してくれるでしょう。
このタイトルを考案した理由の一つは、羊本が最初に扱う下総牧羊場の指導者として来日したアップジョーンズが、ゴールドラッシュの流れでカリフォルニアにやってきて牧羊を始めたと思われたからです。
黄金に湧き立つ西海岸に移住してきた人の流れ、家畜の流れが、そのまま開国・維新を迎えた日本にやってきたというイメージがあったからです。

そしてもう一つ、西海岸で大量に飼育されていた羊たちが、門戸を開いた日本という新しい国に押し寄せ、世界に向き合わざるを得なかった日本人たちが刀を捨てて鍬を持ち、初めて見る羊という生き物をしゃにむに飼っては失敗し、また飼っては失敗し、という狂気の時代を生き…という「羊に狂わされた時代」という意味も込めていました。

結果として、このタイトルでは内容が伝わりにくく、ネガティブなニュアンスもあるため、ということであっさりと消えていきました。
もっとも、私自身も、まさか刊行の機会が得られるとは思わないフィクション混じりの当初原稿に付けた題名でしたので、世に送り出すとなると、改めるのが当然とは思っていました。
ただ、『緬羊狂時代』という名前自体は今も好きですし、いつか何か別なかたちで息を吹き込むことになる日が来るかもしれません。

さて、羊本が生まれた今、これからどうするかを考えています。
既にその内容に目を通してくださった方なら分かると思いますが、同書は千葉県成田市・富里市・芝山町のあたりに存在した下総御料牧場を中心として牧羊の歴史を紐解いていっています。
しかし、過去のnoteでも書いたと思いますが、実のところ8年7ヶ月前の取材開始時に考えていたのは、羊の歴史ではなく、下総御料牧場を中心とした地域の歴史に関する取材でした。
もちろん、今回の羊本でも下総御料牧場の様子はそれなりに記述しましたし、過去の刊行物に比べて詳細に踏み込んだ部分は多くなっていると思います。
それでも、羊本が伝える下総御料牧場の姿はあくまで羊の視点であり、馬や牛、豚といったほかの家畜のことや、牧場の本質である皇室財産としての要素は描けていません。
羊本の中で書けなかったことはほかにもたくさんあるのですが、やはり下総の牧場について書けなかったこと、調べきれなかったことが一番心残りでした。

というわけで、羊本が生まれた今、改めてその本質の部分、「皇室の牧場」としての下総の牧場を調べ始めています。
本は出来てしまったのに、何のためか。
それは今夏の開催に向けて準備を進めているシンポジウムのためです。
このシンポジウムが、私の三里塚での取材活動の最後の取り組みであり、当初からの一番の目的なのです。

次回から、シンポジウムに向けた取り組みを書いていこうと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?