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ショートショート:とんかつ定食

「とんかつ定食を、ひとつ。」
「じゃ、私は豚汁定食をひとつ。あ、あと、何かサラダとかあります?」

髭の似合う白髪の店主が答える。おそらく、かつては体育会系であったことが腕を見るだけでわかる。
いや、もしかしたら、カツを揚げたりキャベツを切ったりするなかで鍛えられた肉体なのかもしれない。

しかしながら、そんなことには関心がない。

「ありますよ。まぁ単純なキャベツとゆで卵のだけどね。それでもいい?」

「はい、じゃあ。わたしそれで。」

店主は黙って、きゃべつの千切りを再開する。

手持ち無沙汰になって店内に目線を映してみると、水泳部時代の金賞に関する賞状が目にはいった。

栄光。

そして、それ故の自信?

とんかつなんて、脂っこくて好きになれないと思ったのに。新卒で入社したデジタルトランスフォーメーション系の企業で出会った、同期さえ誘ってしまっている。

どこかで聴いたことがある。

デートをするなら、最初はおしゃれなカフェか。そうでないならば吉祥寺の井の頭恩賜公園。

ついでにジブリミュージアム。

が最適だと。

でも、俺はいま、このとんかつ屋で最高に惚れている梨沙という女をじっくりと口説こうとしている。

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