テールランプ

赤いテールランプ(エッセイ)

そぼ降る雨が街並みを包む。
11月も押し迫る金曜夕方、通りでは車が連なっていた。歩道を歩く。路地から無理やり入り込もうとする車が斜めに止まっている。たそがれていた空はいつの間にか暗くなった。振り返ると、何台もの車のテールランプがぼんやり赤く不気味に佇んでいた。車の上を見上げる。国道の信号が赤のままだった。

私は雨の赤信号を見ると思い出す。
30歳のとき、婿養子に行こうと思った。11月末の雨が降る金曜夜9時。午前様の毎日だったが仕事を早く終え、杉並にある営業所2階の寮から手紙を手に車で実家に向かった。実家に帰るのはお盆以来だった。
実家は東京南部にあり、雨で渋滞の環状7号線を使って約40分ほどかかった。夜遅く実家に着くと、両親が神妙な顔で待っていた。突然、話があるときのう電話していたからだろう。
私は両親の前でぶっきらぼうに酒屋へ婿養子に行くことを告げた。経緯を説明し、自分の意思をはっきり伝えた。当然、両親は反対をした。反対をしたというより、正確に言うと、わずかに反対の意を表すだけだった。
両親は、まさか長男の息子から婿養子に行きたいと告げられるなど思ってもみなかったのか、それとも思い立ったら頑として親の言うことにも耳を貸さない私を思い出したのか、ほとんど下を向いて黙って聞いているだけだった。
私は前日までに書いた手紙を母に渡した。しかし、母はそれを開けなかった。
私も婿養子に行く決意は揺るぎない。柱の時計を見る。深夜零時を回っていた。
明日も仕事があるからと、私は立ち上がった。車に乗りこむと、吐く息が白い。バックミラーを見る。真っ暗な歩道に立ってこちらを見ている母が小さく映っていた。
私はアクセルをふかし、実家をあとにする。

車で深夜の環状7号線を寮に向かって走った。
深夜にもかかわらず、金曜雨の道路は死にかけている星のように赤いテールランプでいっぱいだった。
大学生の頃、結婚を意識した別の女性がいた。相思相愛だったが、なぜか彼女の母親からダメだしされた。理由は私も彼女もわからなかった。しかし最後には彼女も家族の誰かひとりでも祝福されない結婚はできないと言い出し、破局を迎えた。
「家」ってなんだろう? 「親」ってなんだろう?
相手の母親に反対された結婚にずっと納得できなかった。だから今度は自分で母の反対があっても結婚できるんだ、と証明したかった。それには自分が長男であるにもかかわらず婿養子に行くという舞台設定はあまりにも格好だった。
しかし両親に決意を告げたものの、不安も残った。
親のことを思う。
----これでよかったのだろうか

いつのまにか雨がやんでいた。
目の前のテールランプが強く光る。
前方を見上げると、赤信号がにじんでいた。


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