冷たくて美しい氷河の魅力 | 世界の果て、パタゴニア #02
先日「DUNE/デューン 砂の惑星」を見ていた。
たぶんこの数時間で一生分の砂を見たな、という感想を得たのだけれど、そういえば一昨年の冬は、一生分の氷を見た気がする。
南アメリカ大陸の最南端、世界の果てとも言える場所で生まれて初めて大氷河を目の当たりにしたのだ。
海や森が美しい場所はたくさん伝えられているけれど、氷がこんなに綺麗な場所があるなんてこれまで誰からも聞いたことがなかった。
知ればきっと行きたくなる、氷の大地の魅力。読んでいただいている方だけにでもぜひこっそりお伝えしたい。
ペリト・モレノ氷河の断面に接近する
フィッツロイを見に行くトレッキングを終えた翌日。私たちは拠点をエル・チャルテンからエル・カラファテに移していた。
エル・カラファテまでは車で数時間。
相変わらず車窓から見える地層や雲が興味深くて、いろいろ観察しているうちにあっという間に到着した。
エル・カラファテはエル・チャルテンよりも大きな街で、メイン通りにはレストランが立ち並び、観光地らしく人々で賑わっている。
パタゴニアの多くのツアーはこの街を起点とするものが多い。今回の日帰りツアーもエル・カラファテを出発してペリト・モレノ氷河へ向かうものだった。
この日の予定は、クルーズ船で氷河の近くまで行くアクティビティと、氷河を見渡すロス・グラシアレス国立公園での散策。
今回は英語とスペイン語に対応しているツアーを予約したので、バスの中は世界中からの観光客で満席だ。
船着場に着くと、すでに凍てつくような寒さ。
すぐ近くに氷河が迫っていて、いわば風の吹く冷蔵庫みたいなものなので無理もない。
ゆっくりと船が進むと巨大な青い塊が見えてくる。
湖面からの氷河の高さは60〜80m。そしてその高さが、左右にもずっと続いている。
驚いたのはまずその巨大さと、頬を刺すような冷気。そして何より、雪とも流氷とも違う神秘的な青さだった。
この氷河が青いのは純度が高く気泡が少ないため、青い光だけを反射するからだそう。
この日は晴天だったこともあってより一層青さが際立っている。
この近さで氷河の断面を観察できるのは船ならではの体験だ。
でも実はこの時はまだ、大氷河の本当の規模に気づいていなかった。
怖くて美しいもの
続いて、船を降りてロス・グラシアレス国立公園へ。
国立公園は氷河の対岸の崖に位置していて、遊歩道から氷河全体を眺めることができる。
公園はエントランスが1番高いところにあって、そこから徐々に氷河に向かって下りながら近づいていくような構造。
入り口には木々が茂っていて、しばらく木々をくぐりながら進んでいると。
視界が開けた瞬間、こんな景色が広がっていた。
もう一度言うけれど、この手前に見える断面が高さ60m以上。
そして、そのとてつもなく巨大な氷はその高さを保ったまま、はるか遠く見えなくなるまで延々と続いていたのだった。
この風景を目の当たりにして初めて、船から見た巨大な断面は氷河のほんの一部分にすぎなかったという事実に気づく。
衝撃というか、もはや恐怖。
初めての体験で自分の中でこれに似た感情を見つけることはできなかったのだけれど、何もかもが圧倒的なものの前に降伏する気持ち。畏怖の念ってこういうことなのかもしれない。
遊歩道を降りて近くまで行ってみると、妖しく光る無数のクレバスが。
クレバスの深さはもはや何メートルかわからない。けれど、万が一ここに落ちればもう戻ってこれないんだろう。
それだけではなくて、氷河は時々轟音を立てて崩れ落ちる。人が巻き込まれればひとたまりもないことは、言うまでもない。
怖いけれど美しい。不思議な感覚に包まれながら、なすすべもない美しさにただじっと見入ってしまった。
ちなみに、アイゼンを履いてこの氷河の上をトレッキングするツアーがある。これを見てしまってからだと信じがたいけれど、パタゴニアではかなり人気のツアーで多くの人が参加している、おそらく安全なものだ。
この日も氷河の端から隊列を組んで歩いていく小さな人影たちが見えた。ただ旅路の無事を祈る。
パタゴニアビールと3種のソーセージのグリル
余韻に包まれながらもエル・カラファテに戻った夜は、メイン通りで夕食を取ることになった。
その前にちょっと寄り道。
南米でよく見るパタゴニアビールの店舗へ。すっきりしていて飲みやすいし、何より濃い1日の後で飲むから一層美味しい。
もう暗いはずの時間帯だったけれど、まるで昼間のような明るさの中、通りはたくさんの観光客で活気に溢れている。
さて、パタゴニアのグルメといえばラムやステーキ、そしてソーセージのグリルなど。道に立ち並ぶレストランでは、店頭でラムを焼いている様子がよく見られる。
この日はビールのせいかソーセージがとても魅力的に見えたので、レストランで3種のソーセージのグリルを注文した。
1番下にあるのが、モルシージャと呼ばれるアルゼンチンのブラッドソーセージ。
血を使ったソーセージにちょっと抵抗はあったけれど、一口だけ食べてみると意外と癖はない。栄養豊富なソーセージと思えば、いけるかも。
他2種のあらびきソーセージも狙い通りの間違いない美味しさだった。
夕食を食べ終わって外に出ても、まだ空はうっすら明るいマーブル色。
ふらりと入ったお土産やさんには動物をモチーフとしたたくさんの工芸品が置かれていて、大自然の中に生きるパタゴニアの人たちはこうやって自然と共に生きてきたんだな、と思わせる。
まさか、氷を見て怖いと感じる日が来るとは。
ついつい忘れかけてしまいがちだけれど、圧倒的な大自然を前に、人の営みはただ地球の一部にすぎないんだと思い出させられる貴重な体験だった。
たぶん自分の悩みなんてちっぽけなものだと再確認するためには、こんなに最適な場所はないだろう。
ここまで読んで氷河の魅力を少しでも感じてくださった方がいれば、一生に一度は風と氷の大地の旅へ、ぜひ。
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