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世界は誤解でできている

LINEのやり取りで、お互いに勘違いしていた、ということはないだろうか。
また直接話をしていて、言葉の受け取り方が微妙に違っていて、話が通じなかったことはないだろうか。

もちろん、親しい間柄であればどちらの場合もその後誤解を解いて、理解し合えるだろう。
しかし、そこまで親しくない間柄だったら?
おそらく、「話が通じない人」と、「お互いに」思って終わる。

基本的に世界は誤解でできている、と、先日ふと思った。

きっかけは、友人とのLINEでの食い違いだった。もちろん誤解は解けたので問題はないのだが、それにより「人は自分の解釈に基づいて世の中を見るものだ」と実感したのだ。

言葉が伝わらないのは、そもそもその言葉の意味を全員が全く同じように理解しているわけではないからだ。
だから、同じ言語でも受け取り方が違うので、食い違いが起きる。

また、人は誰でも自分に良い言葉だけを取り入れる傾向にある。
占いでも、「良い結果だけ信じる」という人は世の中多い。これ一つとってみても、自分にとって良い言葉だけを取り入れる人は多いはずだ。
私は悪いことでも、一応注意事項として心に留めておくが、これも人によって違うはずだ。


また、人は自分に都合の良い情報だけ信じる傾向にある。
少子化と言われていても、まだテーマパークにたくさん子供がいるのをみて、いつの間にか少子化をスルーする。特に少子化で自分は困ることはないと思っていたら、なおさらだ。しかし、年間72万人しか子供が産まれていないというのは、結構危機的だと私は思うのだが、関心がない人も含めて、あまり気にしない人もいる。もちろん、そんな先の未来はわからないから、心配しても仕方がない、と積極的にこの数字を気にしないようにしている人もいるだろうが、じわじわといろんなところに波及されていく問題の一つだと思う。
特に以前大学の客員教授をしていた経験から、「大学は今後どうなるのか」は、結構身近に感じる。

さらに人は、自分が信じたい人を信じる。これ自体はその人の自由なのだが、その信じた人が自分の思う通りではなかった時に、「裏切られた」と思ってしまわないだろうか。自分に見る目がなかった、信用し過ぎて、思考停止になっていた、と反省する人はどのくらいいるのだろうか。
だから私は、「盲信」しないように気をつけている。それが結局は自分を守るということだから。

このように考えると、まるで暗い話ばかりで、嫌な気持ちなった人には申し訳ないが、本題はここからだ。


結局みんな誤解して生きている可能性が高いが、誤解したままされたままでも世の中は回っていくのだ。
大事なことは「分かり合える」ということを求めなければいい。

同じ方向を向くなんて期待しなければいい。

それぞれ違うんだ、という認識のもとに立っていれば、傷つくことも、傷つけることもなくなるし、本来戦争も討論もなくなるはずなのだ。

でも、まだ「同じでなければならない」「自分の思う通りにしたい」という人がいるから、戦争は無くならないし、争いも喧嘩も無くなっていないのだ。
だからもし、喧嘩している人や討論をしている人たちを見たら、「ああ、世界は誤解でできているって知らない人なんだな」と思ったらいい。
私は少なくともそう思って、かなり気が楽になった。

その上でもし、とても深いところから理解し合える、言葉さえいらないくらいに、隙間がないくらいに理解し合える人に出会えたら、それは本当に奇跡的な出会いだし、一生大切にした方がいい出会いだろう。
さらに、相手との違いを感じながらも、それが心地よいという場合もある。
それはそれで、「誤解を楽しんでいる」のだから、やっぱり世界は誤解でできていて、それでいいのだと思うのだ。

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