『ゲンキジャパンを10倍楽しむ方法』第6回:気持ち悪いダンス・ダンス・ダンス
初めに
はい『ゲンキジャパンを10倍楽しむ方法』、第6回目の投稿になります。
えらいもんで、5回も投稿してるとファンを名乗る奇特な人からインスタにDMが届くようになりまして、嬉しいやら、恥ずかしいやら変な気分ですな。
何でも本論に入る前のマクラが好きな人が多くてですね、中にはゲンキジャパン論はどうでもええから、地蔵のナンパ話や嫁の不倫話をもっとしてくれと無茶言う人もおる。いや困りました(笑)
「客ウケ考え始めたら芸人は落ち目」という或る講談師の金言を思い出しもしたんですが、やっぱり読者に喜んで貰う為に何かマクラで使えるおもろいエピソードが欲しいという事で、昨日試してみたのが子連れナンパ。
"西川くん(大五郎)と先生(ちゃん)コンビ"ならぬ、次男(2歳)と地蔵のコンビで初挑戦してみました。
昨日の18時頃、嫁にはスーパーへ晩御飯の食材を買いに行くと告げ、息子と二人で向かった先が自宅の最寄り駅。そこで帰路に着くOLや学生さんをターゲットに小一時間ほど駅前ナンパしてみたんですわ。事前のイメージではかわいい仔犬と散歩して、その犬に釣られて近づいてくる女の子をナンパする感じ。仔犬や西川くんより全然かわいいウチの次男に引き寄せられた女子から漏れなくバンゲする腹づもりやったんですが、いや現実は厳しかったですね。
仕事終わりで疲れてるのか、腹減って早よ家に帰りたいのか知りませんが、親子ともども全く女の子達に相手にして貰えませんでした。次男も若いお姉ちゃんが大好きなんで、僕以上にガッカリした様子やったのは堪えました…
「このオヤジ、ホンマにモテんのう」という感じで、最後の方は憐みの目で2歳児が僕を見てくるんですよ。
僕は僕で「え、ウチの息子、意外とかわいくないんじゃね。俺のせいじゃなくね」と畜生にも劣る責任転嫁を我が子にする始末。
気付いたら、嫁から「買い物が遅い!!」との怒りのラインがガンガン届いてましてね。家帰った後も彼女から怒鳴られまくって散々な一日でした。
バンゲ出来なくても女の子との間でおもろいやり取りがあったら良かったんですけどね。例えば大昔観てた、北野ファンクラブでのビートたけしみたいなエピソード。たけしがガキの頃に犬連れて散歩してたらカワイイ女の子も犬連れて歩いてたと。互いの犬同士がじゃれつき合うんですけど、そのうちたけしの犬が女の子の犬と交尾し始めたんですって。
何か自分(たけし)の欲望が女の子にバレた気がしてめっちゃ恥ずかしかったというおもろい話なんですが、ただの素人がやっても何の笑いも生まれませんでした。そもそも仔犬の代わりに幼児をナンパのダシに使うな!というお叱りを受けそうですが、使えるモンは何でも使うのが真正のナンパ師ですからね。ヤワい良識など僕には通用しまへん。
そういやゲンキジャパンも昔、子連れパパのナンパ企画をやってたのを思い出しましたわ。しかしあいつらはあらゆるナンパのパターンを先にやり尽くしてますからね。我々みたいな後発のしがない無名のナンパ師は、ゲンキジャパンが切り開いた未踏の道を後から俯いて通るだけなんすよ…
クソー、あいつらめ、全てにおいて俺らの遥か先を行きやがって~。
「え、自分、さっきからその荒い言葉遣いなんなん?ファンなん?アンチなん?どっちなん??」と読者のかた全員からツッコまれそうですね。いや、取り乱して失礼しました(笑)
ところで子連れナンパの動画を見返したら、ゲンキ達は公園でのんびりしてる女性に声掛けしてますね。
そうか、家路を急ぐ女性へのナンパがアカンかったという事やな。
よーし、息子よ、次の日曜は鯨公園に行ってリベンジや!
2022年2月19日投稿メイン動画『【検証】子連れパパがナンパしてきたら連絡先交換する?【赤ちゃんナンパ】』
『最期まで見ずして"人間"を語るなかれ』
この小見出しは19世紀ドイツの高名な哲学者、フォイエルバッハの家の隣に住んでいたパン職人、青年ヘーゲル氏の箴言です。
最後まで見ないと物事の本質を判断する事は出来ない、という意味ですかね。深いんだか浅いんだか、微妙なアフォリズムです。
昔の偉大な哲学者の言葉なら聞く耳を持つが、無名のパン屋さんはちょっと、、、と思った権威に弱いそこのあなたはどうぞ無視してくださいー。
あ、それからこんなパン屋さんはいませんからねー。筆者が約2分前に空想した架空の人物なので悪しからず(笑)
ここで読者の皆様に大切なお知らせです。
今回は地蔵流 "列伝"の第三弾、人間の回でした。
筆者自身、頭を捻って人間というYouTuberについて一所懸命に書こうと思っていたのですが、どうしても言葉を紡ぎ出すことができませんでした。
第一回(ゲンキジャパンとは何か?の前編)で人間に言及した内容が私の限界です。
誠に申し訳ございません。これほどインスピレーションが湧かず、何を書いて良いのか分からなくなったのは初めてです。ど素人ながらもそれなりにレトリックの才は持ち合わせていると自惚れていましたが、大きな間違いでした。
このとんでもない思い上がりに気付かせてくれた人間には感謝します。そして君について書くことが出来なくて本当にゴメンね。
ただ、これで第6回の投稿を終わらせるのはせっかく記事を楽しみにされていた方達に悪いので、代わりに短編小説を書くことにしました。
ホントお目汚しですが、良ければご覧になってください。
小説『10月のある晴れた朝に100パーセントの変態に出会うことについて』
・鯨公園の腹のなかで
今日ここに来るのは先週から決めていた。時は2023年10月11日水曜日。場所は東京都渋谷区富ケ谷にある代々木深町小公園。
フサイン=マクマホン協定(1915年)、サイクス・ピコ協定(1916年)、バルフォア宣言(1917年)等の大英帝国が仕掛けた中東を巡る"三枚舌外交"から100年以上経った今、たとえハマスの攻撃からイスラエルの報復が起きようともやめることはない(ハマスの奇襲の前に彼の地では何が続いてきた?)。
たとえ鉄壁と思われたジャニーズ帝国が、帝王がお隠れになられた4年後に一刺しの外圧からあっけなく崩壊しようとも自粛することはない (外圧でしか変われない仲良しでpeacefulな国民たち)。
そして今年のノーベル文学賞をノルウェーの劇作家 ヨン・フォッセが受賞し、村上春樹がまたしても選ばれなかったとしても決して心変わりする事はない(国内にスケールダウンすると春樹さんは芥川賞にも縁がなかった)。
このFuckin' Worldで何が起ころうとも、今日、良く晴れた代々木深町小公園でフットサルの練習をすることは、先週から100パーセント決めていた。
何者にも人の楽しみを奪う権利はない。私にもあなたにも。ただし、誰かの楽しみを奪ったのなら、必ず奪い返されるかもしれない。あなたも私も。
朝の10時から一緒にボールを蹴る約束していたKと私は、代々木深町小公園の人工芝のグラウンドを"鯨公園"と呼んでいた。
それほどこのグラウンドは細長い。25m×70mといったサイズ感。たとえ現場に来なくとも、Googleマップで俯瞰で見ると我々の比喩の正しさが分かる。まさに緑の鯨だ。南北に見ると緑の(め)くじらが立ってる状態で、東西に見れば山東京伝の熊野染(め鯨)のよう。
「良い世の中とは笑って済まないことよりも、笑って済むことが多い世の中だ」と言ったのはKだ。至言だと思う。
しかしそんなKは誰よりも怒りっぽい。恐らく"笑って済む世の中"は彼の切実な願望なのだろう。
私は黒いピストバイクを遊具を置いてある公園の隅に停め、緑のグラウンドに入った。誰もいない平日の朝の公園。贅沢な時間であり、贅沢な空間だ。パブリックな広大な空間を独り占めできる喜びは何者にも代え難い。いつも混んでる区営の室内プールに営業時間の終わり間際に行き、たまたま誰もいなかった時も同様だ。
タイミングさえ合えば誰でも味わえるデモクラティックな至福の時間。
着替えを済ませ、私は芝の上をゆっくりと歩き、ガラスの破片や大き目の石が落ちてないかチェックする。あらかた確認してから顔を上げると、井の頭通りを1本隔てた先に見えるは巨大な代々木公園。夏の陽の光を存分に溜めた濃緑の樹々が繁茂していた。
反対側には10階前後の商業ビルやマンションが立ち並んでいるのだが、その内の一棟、私のお気に入りのビルがある。
建物下部は窓のないどっしりとしたコンクリート部分が鎮座し、その上に熱反射ガラスで覆われたオフィススペースがオーバーハングで連なっていく特徴的なファザード。正面から見ると建物左中部が鋭利な刃物で削り取られたような格好となり、中々ユニークで暴力的なまでに壮観だ。
ストレッチを終え、リフティングを始めたところでKが現れた。10時を5分ほど過ぎていた。早歩きなのか、普通に歩いてるのか、絶妙に微妙な速度で緑のグラウンドに入ってくる。
Kは私より4つ年上の50歳の男だ。3年前まで職場が同じで私が彼の上司だった。頭は切れるが、仕事に対してはやる気を一切みせなかった。実に清々しいまでに、意に沿わぬ労働には自分の能力の最小限度しか使わない、Kはそういったタイプの男だった。
文芸や球技が好きで趣味の世界に生き、社会的な栄達には無頓着。霞を喰って生きているような文士、昭和の頃に絶滅した筈の古風な文学青年がそのまま50歳の中高年になって令和の世を恬淡と生きている感じとでも言おうか。
5年前に私が職場で作ったフットサルチームにKが入るまで、私は業務以外で彼と私的な言葉を交わしたことがなかった。上司として見ると彼は扱いづらい厄介な部下で、どちらかと言うと嫌いだった。能力は有るはずなのに自己韜晦が過ぎ、利他的精神が薄い。ただ、ダメ社員を演じるKを周囲が軽んじたくてもそうさせない威厳が彼にはあった。
いつだったか、その威厳のことを彼に指摘したら「本部長、それを"インテレクチュアルの後光"と呼ぶんです」と嘯いた。
Kは会社を辞めるまで、ついぞ本気で仕事をすることがなかったが、フットサルに取り組む姿勢は全く違った。
チームの最年長ながら味方を使うのが上手く、仲間を鼓舞しゲームに勝つために力の限りを尽す利他的精神の塊り、のように見えた。スタミナの無さをテクニックでカバーし、ゲームの流れを変えるビッグプレーが出来る、実に頼もしい選手だった。
フットサルを通じ、Kの全く違う側面を見た私は、いつしかチーム内で一番彼と話すようになり、行動も共にし心を許す間柄になっていった。
チーム練習が無い時は二人で公園で待ち合わせて一緒に練習した。赤堤にある赤松公園、代田の羽根木公園、目黒の大橋ジャンクションの中にあるオーパス夢ひろばでも良く合同練習をやった。
私はフットサルもサッカーも未経験の状態で四十を過ぎてから初めてボールを蹴り始めたせいか、Kたち学生時代にサッカー経験のあるチームメイトには強烈な対抗意識があった。
加えて公私問わず極度の負けず嫌いなので、最年長のKには選手として、いや、男として絶対に負けたくなかった。そんな私の好戦的な態度を見て、Kはやんわり窘める時があった。
「Sさん、我々は敵じゃなくて味方ですよ。チームメイトとは競争するのではなく、あくまで協力するんです。エゴに負け、協力を忘れて仲間との競争に血道を上げると、チームは必ず壊れますよ」
その場では神妙な顔をして聞いていたが、諫めを受け流して再び自分勝手なプレーをしてるとKは更に怒ってきた。
「やはりSさんは性格がチームスポーツ向きじゃないですね。本当は個人競技をする方が合っていると思う」
余りに遠慮がないので流石に気分を害したが、反面そこまで直言できる熱さにたじろいだ。本気になるか否かで、これほど言動が変わる人間はKが初めてだった。
Kはコロナのパンデミックが始まった2020年の3月に会社を辞めた。現在は知り合いの不動産屋の手伝いをしている。職種を変えようが仕事へのやる気の無さは些かも変わらないようだ。
毎週水曜日が休みなので、今は毎日が日曜日の私と平日朝にフットサルが出来る唯一の友人になる。
「S、調子はどうだ?」
会社を辞めた後、Kは敬語をやめ、私を呼び捨てするようになった。確かに今はただの友人なのだから別に悪い気はしない。
「…いや、あんまり良くないね。家で寝てばっかだよ。昨日産業医とZoomで面談したんだ」
「そう…どうだった?」
「フルタイムはまだ厳しくても、パートタイムで復職しようかなとは思ってる。そろそろ傷病手当も切れるからさ」
「そうか。また三茶の職場に本部長として戻るのか?」
「いや、あの激務に耐えるのはもう無理だな。赤羽にさ、パートで働かせてくれる系列の会社があるんだよ」
「赤羽か。家から遠くなるな」
「しゃあない」と言って私は無理に笑顔を作った。
「赤羽だと流石に経堂からピストで通うのは無理だよな。電車乗るのか?満員電車に乗るのが発狂するくらいイヤだったよな?」
「しゃあない」今度の笑顔は更にぎこちなかった。
Kが私の顔を覗き込んだ。
「まぁ、ホント無理すんなよ。仕事なんかマジでどうでもいいからな。家族よりも自分を絶対に優先しろよ。奥さんや子供よりもまず自分第一だからな。辛くなったら全部投げ出しちまえ。良いな?」
Kは究極の仕事人間だった私を良く知っている。それ故の究極の"無責任のすゝめ"だった。
「分かったから、すぐ着替えてくれ。早く練習しよう」
・高い壁と柔らかな手の平の間で
この鯨公園を筆頭に幾つもの公園で幾度となく一緒にトレーニングしてきた結果、私とKの練習内容は完全にルーティン化していた。
まずはそれぞれがボールを持ってのタッチ練習。
インサイドタッチ⇒足裏タッチ⇒アウトサイドタッチ⇒インアウトタッチ⇒ダブルタッチの順。
練習をサボると直ぐにボールタッチの繊細さは消えてなくなる。また逆足のステップも滑らかな動きが失われる。継続性が問われる地道な練習だ。またボールを見過ぎず、顔を上げて間接視野でボールを捉えるのも肝要になってくる。フットボーラーやフットサラーにとって、パノプティコンが理想なのは言うまでもない。
次に5mほど離れてショートパスの練習。
トラップした足の逆足でインサイドパス⇒トラップした足でインサイドパス⇒ダイレクトでインサイドパス。
同じ要領でアウトサイドのパスもこなす。体幹がしっかりしてないとバランスを崩して相手に正確にパス出来なくなる。私もKも、もうこの練習で体勢が崩れることは殆どない。
続いては15mほど距離を取ってのパス練習。
左右両足で強めのインサイドパス、そしてアウトサイドパス。最初はワントラップを入れ、その後はダイレクト。強く正確に蹴る。トゥーキックやループパスも試し、配球の選択肢を可能な限り増やしておく。
フットサルもサッカーも未経験。でもプロのゲームを観るのは好き。プロ選手が試合でミスした時に無責任に野次るのはもっと好きという御仁は、実際にプレーしてみると良い。自分に向かってくる15mのグラウンダーのパスを敵のプレッシャーを受けながらダイレクトで10m先にいる味方の足元に高速で通すのがどれだけ難しいかが良く分かるはずだ。30mのミドルパスを浮き球で蹴り、受け手は正確に足元でピタリとトラップする、プロが当たり前にこなしている平凡なプレーがどれだけ高い技術に裏打ちされたプレーなのかが身に沁みて理解できるだろう。
楽しむ為にプレーする前に、謙虚になる為にプレーしてみるのも良いのかもしれない。
4番目のルーティンは緑クジラの背中から胸まで(約25m)目一杯に広がってのパス練習。
上体を寝かせ、インステップでハードにヒットした低弾道のミドルパスを繰り返す。この頃になるともう全身に汗が滲み、身体は完全にほぐれてくる。
20本ほどパスの応酬をしたところで、グラウンドに隣接する遊具公園の方からかわいい歓声が聞こえた。
ジョージ・オーウェルに似た若くて背の高い男を先頭に、綺麗な二列縦隊で20人ほどの幼児たちがグラウンドに向かって行進してくる。
二列縦隊の子らは口々にインターナショナルを歌いながら、鯨の入口近くのベンチで俯いているオレンジのシャツを着た男の傍を通り過ぎ、鯨の腹のなかでその規則正しい行進を止めた。
彼、彼女らは近くのインターナショナルスクールの生徒と先生だった。恐らく専用の運動場がないのだろう。平日の昼前後にかけてやってくる、鯨公園でお馴染みの微笑ましい集団だ。いつも40分ほど楽しそうにグラウンドで身体を動かしては帰っていき、入れ替わりで年齢層の違う別の子供たちがまた二列縦隊でやってくる。
子供たちの肌の色は様々だ。今朝来た幼児たちの半分ほどは白人だが、黒人の子供、日本人と思しきアジア系、そして中東系の子供もいる。
私とKは幼児たちがグラウンドのあちこちに散らばって遊び始めたのを見て、荷物を置いてあるベンチに戻った。
タオルで額と頬と首筋の汗を拭い、保冷バッグからアミノサプリプラスを出して喉の渇きを埋めた。Kは両足を投げ出してベンチに腰掛け、2リットルのミネラルウォーターをラッパ飲みしている。
Kの視線の先には、柔らかな秋の光が降り注ぐ緑のクジラの上で、様々な肌の色の子供たちが全身で運動の喜びを感じている姿があった。
「幼児の頃は肌の色とか関係なく、みんな仲が良いんだけどな」とKが呟いた。
中東系の顔立ちをした男の子が白人の女の子と卵のようなゴムボールを投げ合いっこしている。
排他的で無慈悲な高くて堅い壁に投げられた卵はぶつかって割れるだけだが、柔らかな子供の手に向かって投げられた卵は決して割れることがない。
「おいK。こんな光景をさ、何て言うんだっけ。何か相応しい言葉があったじゃないか」
「牧歌的」とKは即座に言った。
「そう、牧歌的だ。牧歌的な光景だ」
「俺ら脂ぎった中年オヤジがグラウンドで蹴り始めたら、この美しい牧歌的な光景も台無しだな」とKは自嘲した。
自虐の笑いを浮かべる私たちの後ろ、井の頭通りの歩道から女の声がした。
「田畑~、何してんの~!置いてくよ」
「あ~、まゆさん、待って下さい!」
振り返って植樹の隙間から歩道を見やると、バリキャリ風の女性2人が足早に通り過ぎていく。
平日の午前中に呑気にフットサルに興じることが出来る中年はリッチかプアのどちらかで、私は間違いなく惨めな後者だった。Kならばメンタルとフィジカル的には我々は間違いなくリッチだと言いそうだが。
「おい、S。悪いが今から帰るわ」とスマホを見ながらKが言った。
「え?」
「連れ合いからラインがあった。娘が保育園で熱出したので迎えに行って欲しいって。彼女は仕事中だから俺が行ってくる」
「そうか」
「悪いな。それでいつから赤羽で働き始めるんだ」
「来月からになると思う。月から金まで10時スタートの15時までのシフトだから、平日の朝に一緒に蹴れるのは今月までだな」
「じゃあ、来週もまた来ようぜ」
「分かった。来よう」
私がそう言うとKは満足そうに笑った。
着替えを済ませ、帰る間際にKが訊いてきた。
「Sよ、チームを復活させる気はないのか? もう活動休止して1年だろ。そろそろ動かさないか。また大会に参加しようや」
私がメンタルの不調で休職してから、会社のフットサルサークルは活動休止中だった。
「いや、動かす気はないな。モチベが全然ないんだよ」
「そうか。幹事のあんたが動かないなら、あのチームも終わりだな」
私は返答しなかった。Kはもう何も言わず、軽く左手を上げてから代々木八幡の駅に向かって駆けて行った。
・鯨公園での邂逅Ⅰ
公園のポール時計を見るとまだ10時40分だった。いつもKとの練習は2~3時間はやるので明らかに物足りなかった。
一人でボールを蹴ってもいいが、誰かと蹴りたい。特にパス交換がしたかった。私は鯨の周囲を見渡した。鯨の入口付近のベンチで一人の男が座っていた。オレンジの半袖シャツを着てずっと俯いている。
私はボールを足で転がしながら男に近づいていった。
「すみません」
男が顔を上げた。オレンジのシャツの前面が見えた。10年程前のFCバルセロナのゲームシャツだった。
こんなゲームシャツだ。
「バルサ、好きなんですか?」と私はオレンジのシャツを指さしながら言った。
これは草サッカー愛好者、草フットサル愛好者の多くに共感して貰えると信じるが、公園などで一人でボールを蹴っている時、同じく一人でサッカーをしている赤の他人に対して異常なフレンドリーさで声掛けすることが出来る。同じ趣味を愛好すると分かったら互いの距離感が極端に縮まるのだ。
私は一人で練習している時、誰かとパス交換したいと思ったら、その場で一人でボールを蹴っている初対面の少年などを平気で誘って一緒にパス練習をしてきた。職場ではこの上なく不愛想だった私がだ。以前この話を息子にしてみたら、「パパ、それは"GENKI"と言うんだよ」と教えられた。どういう意味かと訊いたが、語源までは息子は知らないようだった。
今回もバルサのシャツを着ているこの男がサッカー好きだと判断し、私は息子が言うところの異常なコミュ力、"GENKI"を発動した。
「まぁ、一応好きですが」と男は露骨に迷惑そうな顔をした。
「やっぱり。ラウドルップやクーマンにグアルディオラやロマーリオがいたドリームチームは観てました?それとも90年代後半のリバウドやフィーゴ、クライファートにルイス・エンリケが躍動した時代なら知ってます?」
「いや、そんな古い時代は知らないですよ。ロナウジーニョがいた頃からです。俺が知っているのは」
「そうですか。しかしあなた、ブライトンの三苫薫に似てますね。後、俳優の誰だっけ?成田何とかって人」
男の顔色が変わった。
「いや、俺は1994年生まれなので三苫より年上ですよ。彼は確か97年生まれなので。だから俺が三苫に似ているんじゃなくて、三苫が俺に似てるんです」と男はきっぱりと言った。
「…そうなんだ」
「それから俳優は成田凌のことですよね。彼は1993年生まれなので、まぁ俺の方が成田凌に似てるでいいですよ」
「細かいね」
「すみませんね。会った人はもちろん、動画のコメントでも三苫や成田凌に似てるとしょっちゅう言われるもんで」
「動画?」
「俺、YouTuberなんですよ。後、TikTokもやってます」
「そうなんだ。YouTubeはサッカーやフットサルの動画しか観なくて。TikTokは全く観ない。何、有名人なんですか?」
「いや、有名人てほどじゃないです。知る人ぞ知る存在と言うか。後、渋谷のスクランブル交差点で良く踊ったりしてるので、渋谷に来る人は俺のこと知ってる人は多いと思います」
私はこのYouTuber兼TikTokerの男に少し興味が湧き、幾つか質問を重ねた。"GENKI"の副次的利用だ。
男はゲンキジャパンという男女4人組のグループYouTuberの一員で、芸名は人間というらしい。YouTubeチャンネルは登録者が45万人ほど、TikTokは一人で活動していて、こちらは登録者が73万人との事だった。
「え、そもそも何で俺に話しかけにきたんですか?あどあすみたいにインタヴューしたいんですか?」
「ああ、ゴメンね。友達が先に帰って練習相手がいなくなったから、良ければ一緒にボールを蹴りたくて声を掛けたんですよ。バルサのシャツ着てたんでサッカー好きだろうと思って」
「そうだったんですね。確かに高校の頃は部活でキーパーやってたんでサッカー経験者ですけど。でも今日はちょっとボール蹴るような気分じゃないので、他あたってくれませんか」
「そうですか… 分かりました。お邪魔しましたね」
もちろん"GENKI"が空回りする時だってある。私は踵を返して自分のベンチに戻ろうとしたが、男が、いや、人間が呼び止めた。
「待ってください。先に俺の話を聞いてくれませんか?その後だったらパスのお相手をします。一緒にボールを蹴りましょう」
「俺の話って何ですか?」と私は訝しんだ。
「怪しい話じゃないです。いま実は俺、演者としての方向性に迷っていて、悩みを聞いて欲しいんです」
「でも私はYouTubeやTikTokのことは何も分からないよ。失礼だが君のことだって今日初めて知ったし」
「いや、そういう人だから相談したいんです。下手に俺のことを知っていたり、YouTuberに詳しい奴じゃなくて、先入観が全くない人と話したいんです」
人間の目を覗きこむ。真剣な話しぶりにシンクロするように、迷い人特有の追い詰められた目をしていた。
「分かった。でもお役に立てるかは約束できないよ」
「ありがとうございます」
・鯨公園での邂逅Ⅱ
私は人間の隣りに腰掛け、彼の話を聞いた。
人間が所属するゲンキジャパンは昨日約1ヶ月の撮影旅行を終えてLAから日本に帰国したばかりだった。彼はLAに到着早々に風邪で3日ほど寝込んでしまい、出鼻を挫かれたらしい。回復してからもクロワッサンを食べた際に差し歯が取れてなくなる等、アクシデントが続発したようだ。
LA滞在中にTikTokの登録者数100万人を達成する目標を掲げたが、結果は逆に登録者が約3千人も減少する事態に。減り続ける"数"にショックを受け、自身の芸風にも自信が持てなくなってきたらしい。
人間はYouTuberでありながら、テレビで活躍するお笑い芸人への憧れが強く、本心では芸人になりたいと吐露した。
彼が憧れる芸人は出川哲郎やダチョウ俱楽部の故上島竜兵、もうひとりパンサー尾形という名前も上げたが、私はその芸人を知らなかった。
リアクションで人を笑いの渦に巻き込む芸人が好きで、作り込んだネタを考えるのは苦手なようだった。
私は人間のスマホを借り、彼のTikTokの動画数本を観させて貰った。またゲンキジャパンのチャンネルでもNYをビキニ姿で走り回る動画(1.25倍速)と、本人が最も思い入れがある、女性メンバーにホテルの前でお願いすれば一緒に性交ができるかもしれないという、何とも軽薄で破廉恥な企画の動画(1.5倍速)も観させて貰った。
2021年9月10日投稿メイン動画『【ドッキリ】NYの街中、ビキニで追いかけ回してみたwww』
2019年10月24日投稿メイン動画『ホテルの前でめちゃくちゃお願いすればワンチャンある説wwww【パシフィックヒム】前編』
2019年10月25日投稿メイン動画『お姫様抱っこのまま運び込めばホテルいける説www【パシフィックヒム】後編』
「人間君、感想を言うね。TikTokの動画は殆ど笑えなかった。ただセミの鳴き真似は上手かったと思うし、唯一笑えた。君はディスコミュニケーションのパフォーマンスは得意だけど、コミュニケーションが必要となるやり取りは苦手じゃないかい?」
「どういう意味ですか?」
「その場限りの赤の他人や自分に無関心な群衆の前だとどこまでもアナーキーになれるのに、人と面と向かってじっくり芸を見て貰うのは苦手じゃないかってこと」
「そうかもしれない」
「渋谷のスクランブル交差点に何千人いても、全員自分に無関心だからどんな恥ずかしい行為も出来る。そしてこれが大事なんだが、人間君、君自身もその何千という人々に対して全く"無関心"なんだよ。だからどんな破廉恥なパフォーマンスでも平気でやれてしまうんだ。例えばさ、君の芸を審査する笑いにうるさい5人の目の前でじっくりと自分の持ちネタを見て貰う、そういった状況になれば君は途端に怖気づいてしまい、声が震え、セリフを噛み、ネタも飛んでしまう気がする。たった5人でもだ。どうだい?」
「そうかもしれない」
「自分も他人に無関心、他人も自分に無関心、そこで何か芸らしきものをやっても虚しくないかな?ゴメン、きつい言い方かもしれないけどね。ただ私は君の動画を観て、たった一人でも良いから自分の目の前にいるお笑い好きが腹をよじって笑えるネタを頑張って作ってみるべきだと思った。リアクション芸人は目指す対象ではなくて、自然とそうなってしまうものじゃないのかな?出川も最初から今の位置にいた訳じゃない。90年代なんてananの『抱かれたくない男ランキング』で上位の常連だったからね。声がデカいだけ、うるさいだけ、とにかくウザいと、特に若い異性から徹底的に嫌われていたよ。でも彼の天然さ、個性が長い年月をかけて熟成され、周りに愛され受け入れられて現在があるんじゃないか」
「そうかもしれない」
「もう一度言うよ。まずは目の前にいるたった一人のお笑い好きを笑わせるネタを真剣に考える事。リアクション、つまり受動的においしくイジラれるのを待つのではなく、ポジティブに能動的にネタを作ってみたら?その作ったネタが面白くなくても芸人を諦める必要はないけど、積極的にネタを作るのがイヤなら芸人は諦めたほうが良いと思うな。YouTuberやTikTokerとして生きていけば良いと思う。"待ち"の姿勢のままだと何も成長しないよ。死に物狂いで攻めに出なよ」
「そうかもしれない」
「さっきから、『そうかもしれない』しか言ってないじゃないか。ま、いいや。説教臭い話はこのくらいにしとく。さ、ここからはパス練習に付き合ってくれ。人間君、パス交換もコミュニケーションだからね。言葉のやり取りと一緒だよ」
人間がゆっくりと立ち上がった。
このYouTuberの若者は、まさか私がメンタルを病み、仕事を休職中で傷病手当と妻の収入で禄を食んでいる情けない中年男だと知ったら、呆れて聞く耳を持たなかったのかもしれない。時には黙った方が良いこともある。
私は人間と一緒に練習する前に、遊具公園にある鍵を締めると外壁のガラスが不透明に変わるトイレで用を足した。急いで戻ってきたら、人間はその風変りなトイレを苦々しく見つめている。
「どうしたの?」
「いや、公衆トイレにあまり良い思い出がないもので…」と彼は吐き出すように言った。
・ニンゲン賛歌
私と人間はその後、15分ほどパス交換を繰り返した。
私は丁寧に一本一本、人間の足元目がけてインサイドでパスを送り続けた。人間もサッカー経験者らしく、正確なパスを丁寧に返してくれた。始終考え事をしているような表情だった彼も、最後の方は楽しそうに微笑みながらパスをしてきた。
「ありがとう、人間君。楽しかったよ」
「俺の方こそ楽しかったです。最近はウェイトするか、気持ち悪いダンスをするかのどっちかでしか身体を動かしてなかったんで。やっぱボールを蹴るのは良いすね」
「良くこの公園や少し新宿寄りにある土のグラウンドでもボールを蹴ってるからさ、また会ったら一緒にやろうよ」
「え、あそこでも蹴ってるんですか。あのグラウンドの直ぐ傍にコーヒーショップがあるの分かります?」
「ああ知ってる。洒落た店だよね」
「実はあの上階がAirbnbになっていて、ゲンキジャパンがパリ旅行に行く直前まであそこに住んでいたんですよ」
「ホント?いつ頃まで住んでたの?」
「去年の春まで住んでました」
「そうなんだ。その頃はもうあの土のグラウンドでも練習してたから、お互い知らない者同士として、私と人間君や他のゲンキジャパンの人たちともすれ違っていたかもしれないね」
「そうですね。あのコーヒー屋はウチのプロデューサーと今後の俺の方針を決める際にも立ち寄っているんすよね。今日あなたと会ったのもそうだし、この辺りは何か俺のターニングポイントになる縁の深い場所かもしれません」
そう言うと人間は無邪気に笑った。出会ってから一番の笑顔だった。
インターナショナルスクールの幼児達が運動を終えて二列縦隊で帰っていく。先頭のオーウェル先生が私と人間の方を向いて軽く会釈した。
入れ替わりで小学校中学年くらいの子供たちが行進してくる。最後尾のヴァージニア・ウルフに似た思慮深そうな女性引率者の前を歩くアジア系の男児がこっちを向いた瞬間、歓声を上げた。
「見て!人間だー!!」
その『Eureka』、人間発見の報は即座に先を歩く子供たちに伝播し、決して乱れることのなかった二列縦隊が初めて決壊した。
14~15名の子供たちが人間を取り囲む。どの子もまるでスタアにでも会ったかのように興奮している。私と人間は目を合わせた。人間は当惑の表情を浮かべたが、満更でもない優越感が混じっているのを私は見逃さなかった。
「驚いた。本当に有名人だったんだ」
「勘弁してくださいよ」と人間は苦笑したが、嬉しさは隠しきれなかった。
子供たちが口々に叫ぶ。
「人間だーやって!」「人間だーが見たい!」「おい、人間だーやれよ!」
「やってあげたら」と私は冷静なフリをして言った。
「やっぱ、やった方が良いですかね」
「やらないと収まらないだろう。じゃあ、私はこの辺で」
と私は人間を取り囲む輪から一人外れた。
ベンチに戻る私の背後から威勢の良い「LAまでの人間を超越した人間だーーー!!!」が聞こえ、ほぼ同時に子供たちの歓声が良く晴れた鯨公園いっぱいに広がった。
この子供たちの笑顔や歓声が今後の人間にどう作用するのかは分からない。ただ私は人間に頼まれ、言うべきことを彼に伝えた。
未来は人間、君の意志ひとつだ。
※その後、人間は2023年12月末でゲンキジャパンを脱退した。
2023年12月30日投稿メイン動画『人間に関しまして』を参照。
小説パートの参考資料①
人間とジュンペーが今後について話し合う前に、はるのおがわコミュニティパーク傍のカレー屋とコーヒーショップに立ち寄るシーンが収録されている。
2023年4月16日投稿サブ動画『【vlog】グラビア暗記対決NGシーン、他。』14分10秒~ラストまでを参照。
小説パートの参考資料②
人間とジュンペーが代々木公園で今後について話し合う姿が収録されている(参考資料①の続き)。
2023年4月17日投稿サブ動画『人間の今後について』
小説パートの参考資料③
小説内で用いた表現『排他的で無慈悲な高くて堅い壁に投げられた卵』については、2009年の村上春樹のエルサレム賞受賞スピーチ「壁と卵 – Of Walls and Eggs」からインスピレーションを得た。
2021年5月12日投稿動画[英語ニュース] 高い壁と弱い卵自分はいつも卵の側に付く| Haruki Murakami | ムラカミハルキ | 日本語字幕 | 英語字幕|
最後に
それでは地蔵流 "列伝"、人間の回は以上となります。今回はまさかの短編小説にしてお届けしましたが、いかがでしたでしょうか?
次回、列伝の最終回はジュンペーですね。「おい、地蔵よ。Pに関しては『ゲンキジャパンとは何か?』の中編と後編でたっぷり言及したじゃないか。まだ話すことがあるの?」とご心配の読者もいるかもですが、いやいや、あの男はまだまだ掘るところがあるのですよ(笑)
それでは次の投稿も1週間から10日後になる予定なので、楽しみにお待ちください!
※注意:著作権者(有縁地蔵)からの許可無く、掲載内容の一部およびすべてを複製、転載または配布、印刷など、第三者の利用に供することを禁止します。
【メインチャンネル】
チャンネル登録者数 45.3万人 (2024年4月24日現在)
【サブチャンネル】
チャンネル登録者数 4.41万人 (2024年4月24日現在)
【ラジオ 鯨の大爆発 (ジュンペー出演) 】
毎週水曜日20時頃の週1回配信。
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