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SNSと配慮と主体性

SNSで自分と同じ意見を見つけやすくなったから、

あれ?これ自分が少数派?

と思うことより

ほら、みんな同じこと思ってる!賛同しない人達がおかしい!!

と思う機会は増えた。

十人十色という言葉があるように昔から多様性な世界だった。ただ昔は繋がれる範囲が狭く同意見に出会える可能性が低かった。
だから自分の意見が周りと合ってるのか?違うのか?を内省する機会は多かったはず。そうすることで自然と周りへの配慮や思いやりが形成されやすかった。

しかし今はSNSですぐに同意見に出会える。異なる意見への配慮よりも排除へ気持ちが向きやすくなっている気がする。
排除は少し言い過ぎかもしれない。自分の意見に自信を持てるようになった。その結果、良くも悪くも対立が増えた。

建設的な対立であれば良い結果になりやすいが、攻撃的な対立になると惨事になる。

配慮は行き過ぎると主体性がなくなる。配慮できることが必ずしも良いわけでもない。
良い、悪いということではなく配慮と主張のバランスと変化への認知が大切なんだろな。



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