見出し画像

『一寸の虫』

その牢獄に扉は存在しなかった。
一切継ぎ目のない【破壊不能】な木材によって構成された、物理的にも魔術的にも脱出不可能な獄舎であった。

囚人は1名。その名をダヤンと言う。悪人からしか盗まない老義賊とも、ゴブリンの至宝を盗み、小鬼戦争の引き金を引いた大悪党とも呼ばれていた。

彼の行動原理は単純である。
『不可能であるほど燃える』
『できたからやった』
元より善悪に頓着する男ではない。だから、この牢獄が小鬼大隊と連合王国の報復から彼を守るためのものであったとしても、大悪党は脱獄したのであった。

看守はカンテラで牢内を照らす。
フードに覆われ表情を読み取ることはできないが、首の角度から思案に暮れていることは推測できる。

後には壁際に隙間なく積み上がった木箱だけが残されていた。
破獄前に「アッオー」という声が二度鳴いた。
その時に外部の協力者と連絡を取り合ったのであろう。

小窓を通じて、小さな「ポーチ」に詰めた木箱を受け取り、ログアウト地点を箱で満たすことによってログイン時の座標軸を縦にずらす。古典的な仕様造反行為だ。ダヤンは獄舎の屋上から逃走したのであろう。

看守は男でも女でもある透明な声で、全島に警告を発する。

System Information: 脱走者1名、仕様造反者バグライダーが森へ逃げた。自殺後幽体逃走のおそれあり。追跡者ディティクティブ霊媒師メディウムを動員して捕縛せよ!

「五月蠅え声を出すんじゃねえよ」

看守の怒声に耳を押さえながら老義賊はぼやく。脱出不可能な監獄で余生を過ごすという安穏な終活は、外部からの旧い暗号探信によって破られた。

『IOU』
『kk』

一度の取り交わしで十分だった。
謎の人物は、すぐさまポーチを投げ込み、古典的脱出劇を演出した。

「まず手鎖が邪魔だな」

ダヤンが聖書のページを千切ったものを大量にポーチに入れ、小ジャンプしながらヤシの木に激突すると、手鎖が外れた。

(つづく)



いつもたくさんのチヤホヤをありがとうございます。頂いたサポートは取材に使用したり他の記事のサポートに使用させてもらっています。