見出し画像

第四話/獅子の心臓①【ペンドラゴンの騎士】

一章/太陽のひと


 自由、という言葉を聞いた。

 解放、という言葉を聞いた。

 冒険、という言葉を聞いた。

 意味はわからない。ただ、脳裏に残るその発音だけが、記憶の中に宝物のようにしまわれていた。

 大切に、大切に。決して忘れぬように。

 その言葉を、当時の私は心の中に後生大事に縫いとめていたのだった。

 だが、ただ一つだけわかってい他ことがある。それは、『自分自身には、存在し得ない言葉』だということ。

 自由も、解放も、冒険も。何一つ持ちえていない。だからこそ、この場所にいるということ。それだけは理解することができた。 

 物心ついた時から、薄暗く無機質な場所に居た。自分が何者で、どこで生まれたかも知らない。与えられたのは、鉄格子のついた部屋と、端から端までに管理された毎日。そして定められた末路。

 私を檻の中に閉じ込めたのは、随分と豪華な装いをした大人達だった。彼等は私を愛玩動物のように大変可愛がり、仕舞い込み、箱庭の外の情報を一切口にしなかった。

 決して知識を与えぬよう、飼い殺そうとしていた。故に、私自身も当時はその生活に何の疑いを持つこともなかった。

 毎日毎日、杜撰にも扱われるわけではなく、刺激を与えられる訳でもなく、無味の人生を経る。思えば微温湯に浸っていたかのような日々だった。

 毎朝目を覚ませば体を洗うように言われ、二度に分けた食事を摂らされ、また体を洗って眠る。それ以外に特に何かをされるわけではない。ただ、時折自分の主人と思しき男が鉄柵を越えてきて、肌やら髪やらを軽く触り満足して出て行くことがあった。

 幼かった自分は、その行為の意味も知らず「ああ、また来たのだな」ととりとめの無い感情を抱くだけだった。ただ少々、気持ちが悪かったのは、決して言わないようにしていた。

 食べるものも、着るものも同じ。代わり映えという概念すらも擂り潰す日々。唯一、例外と言えたのは、手の届かない壁にある小窓から差し込む光くらい。いいや、あれは光だったのだろうか。地上数ヤードもあるこの場所に、太陽の光が届くのだろうか。

 きっと、あれは私の抱いた救いであり幻覚であったのだろう。無機質に見出した、私だけの色彩。あの時自我を保てていたのは、きっとあの色彩のおかげだ。それらを見なければ生きていけぬほど、あの環境は劣悪だったと断言できる。なぜなら、光を持たない皆は、生ける屍の様であた。

 だが、平穏と狂気の日々にも、終わりはやってくる。

 狂った者が出た。

 突如として訪れた狂乱と破壊の一日。私一人うずくまり、おぞましき既知であった何かに飲まれぬよう耐えることしかできなかった。

 襲ってくる恐怖、不安、死の感覚。いつ檻の向こうの仲間が自分を殺しにくるかわからない。そんな状況の中、全てが静まり返るまで、ただひたすらに息を潜めた。

 自分がこれからどうなっていくのか解らない。知るつもりもない、知りたくない。ただ空間に閉じ込められ、一生空腹も不安もない空間に微睡んでいたい。あの時はそう思っていた。

 だが、狂騒は必ず終わりを迎える。疲弊した私の元に、足音が近づいてきた。

 一人、軽いものだった。

 生存者、私を呼ぶ声。彼の喉から出ていたものは、それであった。

 怖い、怖い。

 どうにか見つからないよう、埃に紛れるよう隠れていたが、ついにその時は訪れた。

 声がかかった。

「君、大丈夫?」

 まるで、あの幻の光のような声。私だけの光。

 太陽。

 太陽だ。

 最後に見たのは、もう何年も前のこと。だが、私はその時確信したのだ。

 太陽に、手が届いた。

 やってきた。

 あの、眩しい太陽が私の元にやってきた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?