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カルテル疑い事案-背景に「人為的」過当競争

                                            戸田 直樹:U3イノベーションズ アドバイザー
              東京電力ホールディングス株式会社 経営技術戦略研究所
   (電気新聞 2023年6月26日版 3面掲載記事を転載、一部修正、追記あり)

公正取引委員会は3月30日、高圧以上の電力販売などでカルテルを結び独占禁止法に違反したとして、中部電力と中部電力ミライズ、中国電力、九州電力に課徴金納付を命じた。中部電力ミライズと中国電力、九州電力、九州電力みらいエナジーには排除措置命令を出した。これに対して東京電力ホールディングス(HD)経営技術戦略研究所経営戦略調査室チーフエコノミストの戸田直樹氏は、規制料金などの需要家保護策の負担と日本卸電力取引所(JEPX)への「限界費用玉出し」を旧一般電気事業者に強いる、ちぐはぐな政策運営に問題の根幹があるとの見方を示す。

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3月に公正取引委員会が発出した、中部電力と中部電力ミライズ、中国電力、九州電力、九州電力みらいエナジーに対する計1千億円超の課徴金納付命令と排除措置命令は、巨額な課徴金もあり耳目を集めている。公取委によれば、高圧以上の電力販売や官公庁向けの入札においてカルテル行為があったとのことであるが、一部会社に取り消し訴訟提起の動きもあり、この認定の適否については、予断は慎む。しかし、この事案を梃子(てこ)に、綻びが既に目立っている改革への更なる没入につながることを筆者は懸念する。
すなわち、竹内純子氏が5月26日付の日本経済新聞「経済教室」で指摘した通り、「これまで世界中で行われてきた電力システム改革の考え方自体が再考の時期にある」と筆者も考えている。そして、改革を再考すべき背景と、カルテル疑い事案の背景に通底するものがある。
まず、昨今の電力不足は、過小投資対策である容量市場を導入しないまま、限界費用玉出し(大手電力が余剰供給力全量を限界費用によりJEPXのスポット市場に投入すること)が長らく継続され、不採算化する火力発電所の退出を招いたことが大きな原因であると筆者は考えている。そして、カルテルの指摘を受けた各社が、限界費用玉出しにより人為的に作られた、電源固定費回収がほとんど期待できない市場価格水準を懸念していたであろうことも想像に難くない。
経済産業省は2022年、それまで大手電力の自主的取り組みという位置づけであった限界費用玉出しを、「適正な電力取引についての指針」(ガイドライン)に記載することを決めた。筆者は、電力不足の主要因である本件を今更ガイドライン化することには反対であったので、その旨のパブリックコメントを提出した。結果、筆者の意見は採用されなかったが、「限界費用玉出しの根拠は独禁法ではなく、電気事業法である」との政府見解を得て、一部にあった混乱をクリアにできた(注1)。ただし、この見解に対する疑問はまだある。

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ガイドラインは「市場支配力を有する可能性の高い事業者においては、余剰電力の全量を限界費用に基づく価格で入札することが特に強く求められる」とうたっている。これはつまりは「大手電力は完全競争市場におけるプライステイカーのようにふるまうことが特に強く求められる」ということである。
競争促進に特化した独禁法も、およそ実社会では存在しえない完全競争市場を前提としたふるまいなど求めていない。より一般的、あるいはより曖昧な「電気の使用者の利益の保護または電気事業の健全な発達(=電気事業法の趣旨)」を限界費用玉出しの根拠とするのは相当に無理があると思う。
そして、完全競争市場であるはずもない電力市場で無理矢理にそのようなふるまいを求めた結果、カルテルに問われる行為があったとされる時期の電力小売市場は、破滅的競争と言っても良い状況に陥っていたし(注2)、その延長線上に昨今の電力需給不安がある。
さらに、2016年以降自由化した低圧需要について、旧一般電気事業者はいまだに規制料金・供給義務を負っている。法的独占を廃止しながら、規制料金・供給義務が維持された事例を筆者は寡聞にして知らない。
今国会で「需要家保護策として必要である」との趣旨の政府側答弁があったが、この仕組みの下では、需要家は自由に供給者を選択できる一方で、市場価格が上昇したときなどには規制料金に戻ってくることができる。すなわち、需要家は対価を支払うことなくコールオプションの権利が与えられているわけで、これは過剰な保護である。
加えて、現在の規制料金は燃料費調整条項の上限が維持されている。これによって旧一般電気事業者が抱えるリスクの大きさは、各社の2022年度決算が顕著に示している。
すなわち、政府は、旧一般電気事業者に過剰なセーフティネットの負担を押し付ける一方で、独禁法が求めてもいない限界費用玉出しを求めて、持続可能でない過当競争状態を人為的につくり出していたわけである。このちぐはぐな政策運営に、カルテル疑い事案の責任の一端があるとは言えまいか。

(注1)      パブリックコメントの経緯については、以下の論考を参照されたい。
戸田直樹(2023)『限界費用玉出しのガイドライン化についての備忘メモ
(注2)      当時の電力小売市場については、以下の鼎談記事を参照されたい。
U3イノベーションズ(2020)『【容量市場を考える座談会】後半:ディスカッション