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山下賢二『君はそれを認めたくないんだろう』発売しました

「京都の個性的な書店主」として紹介されることの多い、元・ガケ書房店主、現・ホホホ座座長、山下賢二さんの新著『君はそれを認めたくないんだろう』がトゥーヴァージンズより出版されました。編集担当の綾女が本について少しご紹介いたします。

本書奥付の出版日付は「2024年2月13日」。この日は、20年前に山下さんが京都の左京区に「ガケ書房」を開いた日であり、9年前にそのお店を閉じた日(「そしてホホホ座へ」=ちくま文庫版『ガケ書房の頃 完全版』の副題を借りるなら)でもあります。つまり、山下さん本屋開業20周年の日に出版、ということになります。

カバー裏には収録の目次一覧が。装幀は桜井雄一郎さん。

山下さんのこれまでの著書、たとえば『ガケ書房の頃』(単行本は夏葉社→ちくま文庫)や『ホホホ座の反省文』(ミシマ社)と今回の本が大きく違う点は、「本屋の店主が書いた本」というよりも「山下賢二が書いた本」という側面が強いところ。ガケ書房やホホホ座は限りなく背景へと遠ざかって、前にぐっと出てくるのは山下さんの文章そのものと、それを通じて浸される彼の視線や考えや記憶です。「朝が過去形でやってくる」「ほっこりという盲目」「夢を削っていく」……いま目次の中から拾ってみると、そんな3~4ページほどのエッセイが並んでいて、大きな特色としてところどころに自作の詩が挟まっています。たとえばこんな。

 今日
 
 スタスタした歩道をズルズル進む身体の悪いひと
 目的地を目指す目 朝を越えてきた皮膚
 おもいだしてわすれておもいだしてわすれる かつての
 話す速度 手の速度 食べる速度 用を足す速度
 冗談の速度 立ち上がる速度 夢中になる速度

 春の校門でかつてのような光がピースしている
 その光はまだ希望にしか使われない
 いつどこで なぜ 速度は落ちた
 ぼくの友達の速度が落ちた

山下さんいわく、「散文のあとにたまに入る詩は、いわば、それにまつわるようなテーマ曲のようなもの」。この並びを考えるのが実に大変かつ面白かったのですが(そのとき頭の片隅になんとなくブローティガンの『アメリカの鱒釣り』がありました)、散文はこの近年に色々な媒体に書かれたものに書き下ろし10本を加えたもの。巻末には、ボーナストラックのような、どこからか聞こえてくるラジオのような「話したい話」(たにこのみさんの素敵なイラスト付き)が収められています。

散文を3つ4つ読むと詩があらわれます。
「話したい話」は奥付の後に紙を変えて登場。

本を作ることになった経緯は本の中の「はじめてのあとがき」(山下さんが「あとがき」を書くのは今回が初めてだそう)にやや詳しいのでそちらに譲るのですが、あるきっかけで山下さんが僕の顔を思い出したということに端を発します。昨年の4月、突然「編集してもらえませんか?」とメール。「版元は決まってるんですか?」「いや、決まってないです」というやりとりがあり、企画会議にかけたところから始まりました。その唐突さにびっくりしつつも、とてもうれしかったのを覚えています。いつか山下さんと本を作れたらな、と密かに思っていたからです。

前職で編集に入った本『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)で、山下さんの文章のヤバさは折り紙つきでした。というのも、実際の書店主たちが(一言でいうと)架空の本屋の紹介文を書くというこの企画に、彼ひとりだけが「年表」を書いてきたのです。「げ、原稿に年表? 年表?」とビビりましたが(年表もすごく面白いのでぜひ本をお手に)、同じ年に出された『ガケ書房の頃』や、私家版のような詩集『シティボーイは田舎者の合言葉』(が山下さん直筆の表紙)を読むうちに、いつか一緒に本を、という気持ちは強まっていました。

山下さんのこれまでの著書の一部。左から、
『ガケ書房の頃』(夏葉社、2016年)
『ガケ書房の頃 完全版ーーそしてホホホ座へ』(ちくま文庫、2021年)
『喫茶店で松本隆さんから聞いたこと』(夏葉社、2021年)

思えば僕がガケ書房のことを知って通うようになったのは、たしか2007〜8年ごろだったでしょうか。 高倉美恵さんの『書店員タカクラの、本と本屋の日々。―…ときどき育児』だったか、都築響一さんの『だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ』だったか(こっちはブックスキューブリックだったか)、とにかく「あの外観」のことを知って、帰省して帰京する途中には京都に立ち寄って、堀部篤史さんのいた恵文社一乗寺店と(六曜社地下店と)セットで行くようになりました。いま思い出されるのは、あの黒い木の書棚。その間にいろんなものが眠っている、それを探すのが楽しみな本屋でした。いつしか山下さんとも立ち話するようになり、あるときはスタッフさんに「山下さんなら道の向こうの喫茶店にいますよ」と言われて行ったことがありましたが、あれは何の話をしに行ったんだっけ…。休憩時間なのか、窓からの日差しを受けて読書している山下さんの姿を覚えています。お店に行って立ち話、それはホホホ座に移ってからも変わってません。

……と、ただの山下さんとの付き合い史みたいになっていますが、その文章を読むように面白い山下さんご本人との関係性がおそらく人それぞれにあって(まさに「山下賢二を読む」)、今回特別冊子としてそんな山下さんの人物評を4名の方々にお願いしました。個人書店主の同志としては誠光社の堀部篤史さん、「知人代表」と言っていいのかどうか、『喫茶店で松本隆さんから聞いたこと』(夏葉社)でのご縁もある作詞家の松本隆さん、ホホホ座になる少し前からずっと書棚やドアの外を見てきた浄土寺店スタッフの廣田瑞佳さん、そしてずっと「父」(ときどきいなくなる)としての山下さんを娘の視点から見てきた山下睦乃さん。どの方の山下賢二像もとても面白く、できれば月報みたいに続けていきたいような別冊「山下賢二のこと」(題字は山下さん本人)は紙版だけに挟み込まれています。

特別冊子は紙版のみに挟み込み。

ブックデザインは、これもいつかお仕事ご一緒してみたいなと思っていた桜井雄一郎さん。無類のVHS映画好きで、映画雑誌『南海』の発行人でもあります。山下さんからの唯一のリクエストのようなもの「昭和50年代の本のようなデザイン」に、桜井さんと一緒にあれこれ忖度(=人の心中やその考えなどを推しはかること)したものですが、山下さんの筆圧と同様のインパクトを感じるようなデザインに仕上げてくださいました。カバーを取ったあとの表紙の意外性(とヒッチコックのあの映画を思い出す)にどこか著者のペルソナを感じるような…。

あ、いまもうひとつ思い出したのですが、コロナ禍の前にホホホ座であった武田砂鉄さんと山下さんのトークイベント終わり、どっか飯でも食いに行きましょう、おすすめのところあります、と山下さんが車を出してくれて数十分(たしか雨)、たどり着いた先のガストで食べたハンバーグが美味しかったです。

そんな山下さんの20周年の前夜、2月12日には、この『君はそれを認めたくないんだろう』刊行記念ツアー「認知会」の第一弾として、誠光社で堀部さんと山下さんのトークがあります。席はもう完売のようですが、自分が20代の終わりころから通ってきた京都の書店の雄二人の登壇は(実際、一緒には約15年ぶり、公開対談は初とのこと)、自分のなかで矢沢と長渕のツートップ会談のような心持ちです。現在のトーク予定は以下。今後ぜひお住まいの近くの本屋さんでお手に取って認知いただけましたらうれしいです!

■『君はそれを認めたくないんだろう』認知会・全国ツアー■
2月12日(月・振替休日)京都・誠光社
3月8日(金)福岡・ブックスキューブリック箱崎店
3月10日(日)岡山・文芸小学校(旧内山下小学校) ※主催:451ブックス
3月16日(土)鳥取・汽水空港
3月22日(金)大阪・心斎橋パルコ4F 丸福珈琲店 by スタンダードブックストア
※詳細は各店舗のHPやSNSをご確認ください(予定は変更となる場合があります)

(文・綾女欣伸)



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