#05 マルチエンディング
もしも過去にもどれるならば。
あなたに「戻りたい時」はあるだろうか?
人生は「選択」の連続だ。
あの時こう言っていれば。
あの時こっちを選んでいれば。
そんな「もし」を仮定してしまうのが、きっと世間でいうところの「後悔」という人間の性だろう。
「ゲームブック」という本のジャンルを、みなさんご存じだろうか。
月猫は子供時代、この本が大好きだった。
一見普通の小説なのだが、文中に何度も「選択肢」が現れ、どの選択をするかにより、物語の内容がいくつもに変化するというものだ。
わたしが読んでいたのは、タイトルは全く覚えていないが、アドベンチャー系の児童書だったと記憶している。
昔から小説を読むのは好きだったが、自分の選択で結末が変わるというこのゲームブックは、とても革新的な面白さを感じた。
今ではパソコン上でイラストや音を用いた形でこのゲームブックの進化系が存在するらしい。そちらはノベルゲームと呼ばれ、恋愛シミュレーションゲームなどに多く用いられる手法らしい。
というところはさておき。
わたしはこの「ゲームブック」が、まるで人の人生そのものだと思ってしまうのだ。
先にも言ったように、人生は選択の連続。
そして、どの選択をするかによって、先の人生はまるっきり違う形になって現れる。
誰も知らない「マルチエンディング型の物語」を、我々は日々歩んでいるというわけだ。
大げさなことではなく、小さな選択でも物語は変化する。
例えば、こんな感じだ。
「今日の晩御飯は何にしようか」
会社からの帰り道。
電車に揺られながらわたしは考える。
1.昨日の残りのカレーにする → Aへ
2.思い切って先輩を誘い飲みにいく → Bへ
3.先輩に教えてもらったインド料理を作るためスパイスを買出しに行く → Cへ
<A>
家に到着するなりわたしは台所に向かい、昨夜作りおいていたカレーに火をかける。
着替えをしてテレビをつける。最近話題の芸人が、コントをしている。途中からだが、話題は何だろう。「男の口説きかた」、そんな感じか。
盛り付ける器を棚から出しながら、ふと先輩を思い出す。
今日も数回話しができた。
ささいなことでも、やはりうれしい。
でも。。
わたしは、きっと先輩とこれ以上距離を縮めることはできない。
このカレーを、先輩が食べる日は来ない。
そう思うと、なんだか無性に悲しくなってきた。
<B>
電車に揺られながらわたしはスマホを取り出した。
昼に話したとき、先輩も「家に帰ったらなにしよう」と言っていたはずだ。今日がチャンスだ。
シンプルに、誘ってみよう。
家に何もないから、食べに行こうと思って、ご一緒にどうですか、そんな感じでいい。
こんな時は勢いに任せるのがいい。えい。
数分もしないうちに、スマホが振動した。
『ごめん、もう夕飯買い出ししてしまったんだ。今度また誘うよ!』
がくり。
わたしは電車の窓にもたれかかった。
窓に映る流れる風景に、落胆したわたしの顔がうつっている。
しかたない、帰って昨日のカレーでも食べるか。 → Aへ
<C>
先輩を誘う勇気なんてないけれど、先輩が食べたと言っていた料理を作って、少しだけ距離が縮まった気分でも味わいたいなんて、変だろうか。
でも、今のわたしはそれくらいがちょうどいい。
材料は、これと、これと、これ…。
昼間に先輩とした雑談は、詳細に覚えている。
材料だってメモなんていらない。わたしはすんなりとカゴにいれ、レジの行列の最後に並んだ。
明日は先輩に、今日作って食べてみた感想を言おう。
と。
「あれ?買出し?」
かけられたその声に、わたしは驚いて心臓が飛び出そうになった。
先輩だ。
「俺も今日の夕飯買いにきたんだけど。まさか会うとはな。って、その材料、今日俺が話してた…」
「あ、えっと、はい!先輩があんまりにもおいしそうに話すから、作ってみたくなって」
まさか明日の話題作りのためとはいえない。
だが、先輩から帰ってきた返事は、思いもよらないものだった。
「それ、結構作るの難しいんだよ。よかったら、俺んち来る?教えるよ」
「!!!!!」
というところで。
1、2を選べばAでさみしくひとりぼっち。
3を選べば憧れの先輩とおうちデート。
そんな感じで書いてみましたが。
なんとなく直感的にみると、2を選べばそのまま先輩との距離が縮む…と思いきや、そうではなかったり。
現実世界も、これだと思ったものが予期せぬ出来事にたどりついたりするものである。
ちょっとかなり脇道にそれた気がするが。
こんな感じでわたしたちはその場その場で「選択」をし、それが次の展開に影響を及ぼしているというお話。
わたしたちの選択のその先が、ハッピーエンドなのかバッドエンドなのか。
答えはきっと死ぬその時までわからない。
ただ、私はこうも思っている。
たとえ今あなたがわたしが「後悔」をいうものをもっていたとしても。
それは、決してネガティブにとらえてはいけない。
その選択をした過去を引きずって、立ち止まってはいけない。
人生はたくさんの、決して明るくはないものごとに包まれている。
だけど、それらを乗り越えて、今のわたしがある。
これらのピースのなにひとつでも欠けたら、それはきっと「今のわたし」ではないだろう。
だから、わたしは「間違えてしまった選択をしたわたし」を、決して嫌いにはならない。
起きてしまったことを、ただ嘆いたりはしない。
どんな困難が起きようと、それを乗り越えたわたしは、あるいはそれを受け入れたわたしは、きっと今より「いい女」になっていると思うからだ。
この「わたし」は「あなた」にもあてはまる。
どんな困難が、どんな結果が待っていても。
それは、わたしがわたしであるために、必要なことだから。
だから、「選択」し続けよう。
わたしのエンディングは、わたしが作る。
「後悔」はしてもいい。
でもそれを「飲み込んで」、次に行こう。
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