ハイライト改訂版⑤

 誠治たちがいる席は何度も通されている掘りごたつの個室だった。廊下と席を仕切る薄い引き戸は閉まっていたが、翔平の特徴的でうるさい元気な声が漏れ出していた。どうやら少年誌で長期連載されている冒険マンガの話で盛り上がっているようだ。この能天気さというかバカさは羨ましい。
 真中翔平は、どんなに暗い場でも明るい雰囲気にしてしまう不思議な力を持ち合わせている奴だった。誠治よりも背は高く屈託な肉体が印象的。
テンションの高さは僕の知る限りトップクラス。しかし体育会系の多くが持っている、傍から見れば面倒で不愉快な接し方や考え方を持ち出すことは一切しない。たまにウソの付けない不器用さで時より人との衝突を生んでしまうが、それでも人を巻き込む求心力と人懐っこさによって翔平の周りには常に人がいた。
 誠治とは違うタイプの人気者である翔平は、何かとボクとは真逆の性質を持ち合わせていた。おかしな話で根本は僕とよく似ている。そのことを互いが認識し合っているのは気持ち悪い話だと思う。向日葵が翔平ならば、月見草は僕だ。それくらい翔平は僕の持っていないものを全て持ち合わせていた。
 僕は、引き戸に手を掛け、何一つ躊躇いを持たずに右側に引いた。個室には翔平と誠治と二人の女性がいた。
 翔平の横でタッチパネルをいじっていたのは楠木薫子さんだった。黒髪ショートカットで白いシャツはよく似合っていた。僕達と同じ大学付属の大学院に通っている。僕のゼミの先輩でもあり、翔平がキャプテンを務めている野球サークルのマネージャーでもあった。ひいき目に見ても美人に属する彼女が翔平と付き合っていることが未だに信じられない、そんな存在だった。
 もう一人の女性は美沙だった。セミロングの髪を明るい茶色で染めて春らしい薄ピンクのワンピースを着ており、指定席である誠治の横で可愛らしいカクテルを飲んでいる。先に飲んでいることは容易に想像できたが、僕が思っていたよりも四人はアルコールが進んでいるようだった。
「お疲れ」
 誠治の声の後すぐに「お前ら遅いんだよ」とわがままな三歳児のように文句を垂れる翔平の声が追い掛けてきたが、僕とジーターは無視して両端にすっぽりと空いた席に腰かけた。
「何飲む?」
 薫子さんは僕に問い、ジーターは誠治から同じ質問を問い掛けられた。僕は、生で、と答え、ジーターは生グレープサワー、と答える。テーブルには食べかけのサラダや一品メニューが幾つか並んでいた。
僕達の注文は、美沙がタッチパネルを操作して注文してくれた。飲み物が来るまでの間、適当な世間話というか翔平のどうでもいい話に相槌を打って過ごした。
「んじゃ、全員集合ということでカンパイ」
 決めている訳ではなかったが、飲み会の音頭は必ず翔平が合図を取ることが通例になっていた。僕達は、乾杯、と声を揃えて恒例行事の一環としてグラスを合わせた。グラスとグラスがぶつかる音が個室の中に響く。久し振りに会う仲間と共に冷えたビールを飲むのは、一人で発泡酒を飲むよりも美味かった。
 それから僕達は酒を飲みながら、色々なことを話した。変化の足音が聞こえ始める今年一年について、将来の話、マンガの話。時には薫子さんの同級生での葛西さんが結婚早々、不倫疑惑が浮上しているというゴシップや渋谷のとあるラブホテルは部屋の設備が悲惨で避けるべきだとか、有益か判断に困る情報まで。その話題の中で薫子さんの就活、院試に至るまでの話は僕達五人には参考になる話だった。
 二十代前半の僕達には話したいことが山のように存在していて、まるで氷山の一角を切り崩していくかのように言葉のキャッチボールを繰り返した。居酒屋での時間では全てを話すことはできないからこそ、頭に浮かぶ一つひとつの話題を丁寧に審査し、口に出していった。
 僕はボケばかりのグループの中で、一人ツッコミを吐き、時には翔平の頭を叩いたりして、今まで積み上げてきたキャラクターを演じていた。
 僕が飲んでいた酒が、ビールからハイボールに移行して五杯目になった頃、顔を真っ赤にした美沙は急に真剣な表情になり、僕に問い掛けた。

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