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明るい夜に出かけて

 深夜未明、どうしょうもなくて行き場のない気持ちを抱えながら、ぼーっと部屋の天井を眺める。人にはそれぞれ大なり小なりの傷がある。その傷を癒すのは、なんだろうか。その答えは十人十色であり、その人を見事に表わす。だからこそ大好きなことが一つあるだけで救われる、傷を癒すきっかけになる。そして変わるきっかけになる。ダイヤルをゆっくりと回して電波を合わせる。聞こえてきたのは、ノイズ交じりの音声と笑い声だった。明るい声を聞いていると思い出すのは、あの物語だ。

 今回紹介するのは、2007年に本屋大賞を受賞する高校三年間の陸上部を舞台に描いた「一瞬の風」といった青春小説を鮮やかに書き上げる作家佐藤多佳子が2016年に上梓した深夜ラジオを軸に、ハガキ職人が主人公の青春小説「明るい夜に出かけて」。ページ数は280ページ。

 まっすぐで不器用な青春を感じたい方、生きづらさを抱えている方、何かに挫折し再スタートを踏み切れないでいる人、深夜ラジオが生活の一部に入り込んでいる方にはオススメの作品である。
私が本書を手に取ったのは、菅田将暉のオールナイトニッポンの企画で、この作品をラジオドラマという形で取り上げたことがきっかけであった。またラジオが大好きなため、ラジオを取り上げた作品を探していたことも理由の一つである。

【概要・あらすじ】

 物語の主人公富山は、深夜ラジオを聴くことが趣味の19歳。ある事情で大学を休学し、家族や慣れ親しんだ土地から離れて、金沢八景のコンビニで深夜のアルバイトをしているところから物語は始まる。
 富山は、人には公言しにくく理解されにくい感覚を持ち合わせており、そのことが原因でとある問題を起こしてしまう。その結果、彼の生業と居場所を一気に奪われていた。
 一人暮らしをしながら自分を見つめ直すという漠然とした目的を掲げた逃避の日々の中で、深夜のコンビニで立読みをするずぼらな格好なのに可愛い声を持つ女子高生、ヘビーラジオリスナーの佐古田と出会う。
 この出会いを発端に、富山、ヒロイン佐古田、富山の過去を知る友人永川、バイト先の先輩で歌い手としてネット内で活動している鹿沢との不思議な交流が始まっていく。それぞれが将来への課題を抱えながら、それでも今を必死に生きていこうとする不器用な行動が、ある一つの形になっていく。
そんな時、彼らを繋いでくれたきっかけ、アルコ&ピースのオールナイトニッポンが終わるという情報が彼らの耳に入るのだった。

【感想】

「伝染する」佐古田はつぶやいた。「そう言うと悪いもんみたいだけど」とオレは言って苦笑し、「共感」と言いなおす。瞬時に後悔する。「ペラいな、この言葉」
 物語後半のある場面での富山と佐古田のやり取りなのだが、このやり取りに至るまでの過程を踏まえると「共感」に変わる言葉を探したくなる。個人的には大好きなやり取りである。

 本当にやりたいことを胸張ってやった結果、当事者も見ていただけの第三者にも心を震わすことがある。だからこそ、周りを気にして自分に言い訳してやらないよりも仮に恥ずかしいことであったとしてもやるべきだと、背中を押してくれる構成は魅力的だ。
 また、道のりが遠回りに見えても、目的がアバウトだとしても自分の意思を持つこときっかけは見つけることができる、誰かに合わせて歩幅を合わせるよりも自分の歩幅を尊重することは時に人生において重要な役割だとも伝えてくれている。

 不器用な若者が生きにくい現代で自分の居場所を探して生きようとしていく姿は、形は違えど生きづらさを抱いている方には刺さるのではないだろうか。再スタートの一歩、誰しもが恐怖感を抱く一歩に寄り添ってくれたり、抱えている悩みや誰かとの違いへの不安を肯定してくれるなど、全体を通して優しさに溢れている。恋愛にも青春にも将来にも広がっていく余白のある物語で、読み終えた後には新しい一歩を踏み出せる勇気を貰える作品である。

 物語のキーとなるアルコ&ピースのオールナイトニッポンで実際に流れた音声が文字化されている。また、実際に放送されている番組も取り上げられており、他の作品とは異なるリアルさが印象深く感じる。

【余談】

『夜の中で彼らは出会う、知らないのに知っている奴、遠いようで近い人。』この作品の帯の文言に相応しい物語である。デビュー前からこの作品の構成を考えていたというのだから、佐藤多佳子さんの才能は圧巻である。
 ちなみに菅田将暉のオールニッポンの企画として「明るい夜に出かけて」のラジオドラマが放送された。この企画では多くのオールナイトニッポンのパーソナリティが出演している。ラジオドラマの可能性や面白さを知ったり、ラジオドラマで佐古田役を演じた上白石萌音の「とみやま」と呼ぶ声が頭の中に残っていて、そこからの菅田将暉「さよならエレジー」の流れは、個人的に大好きです。
 もう聴けないのが残念で仕方がないのですが……。

文責 朝比奈ケイスケ

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