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余波

 同じ道を歩いている。いつもそうだ。オレは変われないのか?
弱々しく呟いても、声はすぐに消える。だから、いつも同じ姿がくっきりと脳裏に浮かんでしまう。反射的に目を瞑ってしまう。でも結果はいつも同じ、視界が奪われて真っ暗になるだけだった。気持ちを紛らわせてる為に覚えて数年が経つ青春の産物を取り出して火を付けて、息を吐き出す。先端はオレンジ色に着色され、ホタルのようにささやかな明かりを灯し、同時に浮かんでいる紫煙。ゆらゆらと上へ上へと登り、いつの間にか視界から消えてしまう。それ様を見つめていると、なんだか全ての出来事が嘘のようにすら思えてしまう。だからこそ、全てが夢の中の脚本であって、そこに溺れる姿はどうしょうもなく愚か者だ。頭の片隅で何かの警告で在ってほしいと半ば本気で、思考を進める。無意味だと知りながら。繰り返した行動は習慣として、根付いていることに自覚的になる。
 住み慣れた街並み、やけに静かだ。一本道の両側には住宅が立ち並ぶ。その中を歩いていると、お前には家族も仲間もいないんだと突き付けられているようで、なんだか弾かれた存在に感じてしまう。頼れる場所がないからこそ、 頼れる何かが欲しいと願って、模索していた。隠したい本質は悪戯な顔をして不意にやってきて、そして蟻地獄によく似た絶望へと繋がる同じ道へと誘ってくる。
 夕食後にコンビニへと買い物に行く時に浮かんだ今の感情を描写したような文章。詩人にでも成りたいのか、はたまた表現者として存在を提示したいのか。その根本は見えないままだけど、言葉にして残したいというちっぽけな欲求だけが脳内を支配しては、吐き出すように踊る。考えれば考える程に深みに嵌まる厄介な存在と言うことは、重々、承知しているのに未だに止めることが出来ない。独りになった弊害としてかつての残り火が、より厄介な方向性と密度を生み出して、歪んだ価値観を生み出すことを最近になって知った。いや、正確には目の前に現れては暴れることが増えた。色々な要因が重なった一つの結果。でも制御できたのは昔の話。今は、どんどん誇大化していく。人間が生み出した経済みたいに無機質なのに意志を持った化け物になったかのように。
 耳に突っ込んだイヤホンからは、青い大学時代の記憶とリンクする音楽が鳴り響いており、何度も通った後悔という傷口にを再び塩を塗る。これが意識的であるから救いようがないと自嘲する。いつからか精神的な痛みには疎くなったけれどもその反面で、かつてできた傷口を塞いでいた瘡蓋が取れるような、好奇心に似たものが溢れている。
「今、見えている景色も好奇心に溢れていれば救われるのに」
 そんな風に囁く優しい声が聞こえた気がした。

 学生時代から住んでいる部屋は、時間が止まっているかのように変わらないまま。ただ、いつも誰かが騒いで賑やかだった雰囲気が消えて、代わりに本棚の上に置かれたスーツ姿と晴れ着姿が入り混じった切なくも忘れられない一枚の写真が増えてたこととハンガーラックに仕事用のスーツが掛けられている以外は。
 ネクタイを緩めながら、リモコンを取り、テレビを起動させる。画面にはいかにも金がかかっていそうな大がかりなステージで歌っている3ピースバンドが映った。一瞬、かつての友人の姿が浮かんだ。
「アイツもステージでは輝いていたな」と呟きならが、ネクタイをベットに放り投げた。そのままベッドにダイブしたい気持ちを我慢して、冷蔵庫から缶ビールを取り出して、人差し指をプルトップひっかけて開けた。炭酸が抜ける音と共に白い泡が小さな口から溢れそうになる。瞬時に唇を近づけて、泡の洪水を阻止した。
 半分以上が無くなり軽くなった缶ビールをテーブルの上に置き、パソコンの電源を入れる。押されることを待っていたように起動した画面は見慣れたアイコンを表示される。同時に耳障りなファンの音が鳴り響く。もう何百回と打ち込んだパスワードを打ち込むと、いつかの夏休みにカメラで撮った風景をバックにアイコンが散らばるディスプレイが表示された。青く着色された「e」のアイコンを
クリックする。数秒で世界的に有名であり、シンプルを突き通す質素な検索エンジンが 映し出された。検索窓に『ダブル・バインド』と打ち込み、エンターキーを押す。すぐに多くの候補が探し出された。
 検索内容を確認していく。『ダブル・バインド』という理論で、誰かが説いた小難しい造語とWikipediaは説明していた。その他候補をクリックする。日本のバンドという説明が表示された。詳細を綴っている画面をスクロールしながら一つひとつの文章を読み進めていく。欲しい情報は、掴めなかった。そのままツールバーに表示されたYoutubeをクリックする。トップページの検索窓に再び
『ダブル・バインド』と打ち込み、エンターキーを押した。すると、幾つかの動画が表示される。 一番上に挙がったPVであろう動画をクリックし、 映像が流れるのを待った。最近、流行のユーチューバーがメインキャラクターになっているCMが流れ始めた。スキップせずCMをぼんやりと見ながら、缶ビールを口に運びながら待った。
 PVが始まり、歌声が聞こ始めると何だか不思議な感覚に陥った。会社の同僚に勧められて、初めて知ったはずのバンドなのに聞いたことのある声が耳に届く。懐かしさと共に生まれて初めて行ったライブハウスの記憶が脳裏に浮かんだ。

 ライブハウスというのは、もっと広いものだと思っていた。
 受付でチケットとドリンク代を支払い、階段を下った先にある客席に足を踏み入れる。50人が入れば、いっぱいになる位の狭い空間。描いた会場とは異なる空間に正直戸惑った。
 4つほどの一本足のテーブルが置かれた先に申し訳ない程度の段差があり、幕が下がっている。恐らく、それがステージであることを理解するのには時間が掛かった。その幕を見つめていると、幕の向こうではスポットライトが当たるのを
待っている楽器や人がいるのだろうと思った。
 ステージから視線を外して、周囲に目を向ける。このライブハウスのキャパ限界にも達していない30名くらいの人たちがテーブルを囲み、手にスマホやらコップを持ちながら談笑していた。それぞれが、ライブが始まるのを待っている様子を眺めた。
 初めて来る場所と言うこともあり、どうしていいのか分からなくて、最終的には人が一番少ない壁に背を預け、見覚えのある金髪頭を探した。
 大学生のライブイベントというが影響しているのか、予想以上に金髪が多くて、驚いた。でもすぐに探していた金髪頭を見つけた。向こうもオレに気付いたようで右手を挙げている、満面の笑みで。そして次の瞬間には、こちらに向かって歩き出しているのが分かった。
「久し振りだな、ユキオ」
  声が聞こえる程度の距離のところでオレから、声を掛ける。
「二週間前に飲んだだろ、新宿で」
 ユキオは笑顔のまま、ツッコんでくる。
「じゃあ、なんて言えばよかった?」
 本心ではない冷たいトーンで問う。ユキオは、そんなオレの声のトーンなどお構いなしに「レンが本当に来るなんて、帰りは雨か?」なんて風に茶化してくる。絶対、ユキオには言わないけれど心地が良い。
「うるせぇよ。晴れ男」と返しながら、飲んで以降の会わなかった二週間という短い期間で起きた出来事を簡潔に伝えながら、お互いの近況を確認し合った。
「ってか、完全アウェーなんだけど?」
 オレは周りを見ながら、呟く。
「仕方がねぇよ、大学のサークルだぜ?」
「いや、そうだけど。外部はオレだけか?」
「全員把握してないけど、名簿的には他にもいた。でも少数派は確実」
「だよな。ここの雰囲気、シャボン玉みたいに軽すぎだわ」とこぼす。皮肉が聞こえたのか、周辺に居た数名の人間がこちらをチラリと牽制するように一瞬だけ見て、すぐに視線が戻るのが確認できた。やっぱ軽い、と今度は声に出さないように、頭の中で留める。
「お目当ては、2番目」
 ユキオは言った。オレは黙って頷く。そして、ユキオから受け付けでもらった
ライブハウスの名前が入ったピックの使い道を教えてもらう。ろくに説明をしない受付には、何か意味があるのあろうかと疑問符を抱きながら、逆側にあるバーカウンターへと二人で向かった。ユキオは、すでに3杯ということらしく、財布から現金で支払い筒状のグラスのジントニックを手にする。それに倣おうと思っていたが、飲み口に刺さる下手くそに切られたライムに飲み気が薄れて、小瓶のビールをピックと交換した。
 ユキオがライムを絞るのを待ってから乾杯をした。そして、それぞれが手に持った酒を飲み始めた。
「ユキオ」とユキオはオレの知らない大学の仲間に呼ばれた。面倒だなと言わんばかりに頭を掻きながら、「あとでな」と言い残して男女が5人で談笑しているグループに 入っていくのをユキオの背中を見送る。
 再び1人でも過ごせそうな場所を探す。辿り着いたのは、ステージから一番遠いスペースだった。飲み慣れないビールを片手に客席を眺めた。

 19歳のボクやユキオに簡単に酒を出す程度の緩く、そして他大学の主催という空間は、正直、居心地が悪い。そもそも、場違いなのが理由だろうけれど。試験に受かっていれば、こんなアウェーな感覚を抱くことはなかっただろうな。と思った。 高校3年の冬に受けたセンター試験で、ユキオは見事に法徳大学に合格した。ボクともう一人の友人であるタケルは見事に落ちた。でもセンター試験後に予定されていた一般入試でタケルは合格した。オレは、ここでも見事に落ちた。
二人の学部は違うけれども同じ大学で過ごすことができている。全く知らない場所に友人がいるのは心強いことをオレは知っていた。そういう関係性は、のちのち重要な意味を持つように思っていたし、何より羨ましかった。
 センター試験と法徳大学の一般入試にも落ちたオレはその後の入試も倒れたドミノのように受験した大学は軒並み落ちた。浪人覚悟で藁をも掴む思いで受けた二次試験で東京の大学になんとか滑り込めた。そうして中・高と一緒に進学していた友人と進路が交わることない道を進むことになった。それから三ヶ月が経過して、ユキオから連絡が入った。法徳大学軽音サークルのライブにタケルが出るというのだ。行かない選択肢よりも好奇心が勝って、居心地最悪の場所にいる。
 溜息をこぼしそうになるのが分かり、吸い慣れないタバコのパックを取り出す。 バーカウンターのスタッフが親切で、わざわざ喫煙可と教えてくれたことは
ラッキーだった。インディアンのイラストが描かれた黄色いソフトパックから一本取り出し、口にくわえて、火を付ける。少しは慣れつつある行為だが、やっぱり、まだ少しぎこちない気がする。吐き出す煙が目に入ってしまい思わず、目を瞑ってしまった。数秒だったけれども、その数秒の間にステージを隠していた幕が上がり始めた。

 ステージの上にはハットを被った4人の姿が目に入る。まだ、照明は薄暗いままだ。恐らく演出だろうと思ったけれど、これなら、イントロが長い曲で演奏している間に幕が上がっていき、Aメロの時に一気に照明を当てて、存在を表したほうがよいのではないか? なんてことを考えてしまった。
 ギターの音が鳴る、そして始まる演奏。ボーカルが歌い始めた。知ってるアニソンだったが、音楽をやっていないオレでも分かるくらい音程を見事に外した入りだった。それに笑いがこぼれる。失笑ではなかった。出だしに音を外すのが恐らくこのバンドのボーカルの個性のような物なのだろうし、観客もそれを承知しており、むしろ求めているように見えた。気持ち悪い。
 どうやらライブハウス同様にイメージが違ってしまったようだ。その後、中学時代に流行ったドラマの主題歌など、有名な曲のカバーが数曲続いた。演奏自体は正直微妙だったけれど、 観客を盛り上げるには申し分のない内容だった。
 最後の曲の前、ボーカルがMCをしている時に「俺らは、盛り上げる為にバンドをしている」とかなり寒いことを言っていて、盛り上がる観客に気持ち悪さは加速していく。吐き気を覚えたのはタバコのせいでもビールのせいでもなかった。
 これは、ライブイベントと名前を借りた自己顕示欲を吐き出す場所だ。今すぐにでも去りたいという欲求が芽生える。これが内輪と外野の違いかと状況を整理して、盛り上がる雰囲気とは温度差が異なっていることを認識する。そして条件反射で半分くらい残ったビールを一気に飲んだ。最後の曲が終わると安堵感が巡った。どうやら、こういう場面にそぐわない人間性だと突きつけられたようで、思わず苦笑した。
 気持ち悪さを飲み込もうと思い、バーカウンターで飲み気すら湧かなかったジントニックを購入して、元の場所に戻った。目だけでユキオを探したが、見つからなかった。もしかしたら幸いかもしれない。多分、この状況であったら、胸に溜まる嫌悪感を一気に吐き出しそうな感覚があったから。
 帰る選択肢もあった。でも帰らなかった。このお遊戯会のような場所でタケルがどういう姿で音楽を演奏するのかに興味が生まれていた。5分も経たない間に、再び幕が上がっていく。暗闇に、2人の人影が見えた。幕が上がり切ると同時にギターの音が聞こえる。照明が2人を照らし出す。ギターを持ったタケルが見えた。タケルの顔は、やけに無表情で、それでいてどこか苛立っているようにも見える表情を浮かべている。いつも見えていた姿とは異なった。対照的に隣のギターリストは笑顔だ。正負のコントラストがはっきりしている。にしても違和感は拭えなかった。タケルの相棒にしてはキャラクターが違いすぎるし、タケルが大人しすぎる。オレは胸に抱いた違和感の正体を探すことにした。音楽は鳴り響き続ける。1曲目のカバー曲が終わると、違和感の正体を掴めた。タケルはギタリストより数歩、後ろにいること。そして一言も歌わなかったこと。そんな感じなのに何もなかったように2曲目に入っていく。気持ち悪さは症状にすら出てきそうで咳き込んだ。気付けばタバコに火を点けていた。無意識でタバコを吸っていることに驚いて、戸惑った。
 オレと同じ違和感をユキオは感じただろうか?
 今、タケルは何を思っているのだろうか?
 色々な疑問符が浮かんで、脳内を支配する。2曲目が終わると、タケルではないギターを持った男が話し始めた。
「今日はありがとうございます。俺らの音楽を聴きに来てくれて!!」
 テンションの高まりを止められないようだ。耳障りだ、黙れと本気で思った。
 その言葉に応えるようにイエーイと声が聞こえた。うざい。思わず、チッ、と舌打ちをした。 そしてステージに背を向けて出口に繋がる階段を目指して歩き始めていた。すると、右手が誰かに掴まれる。
「なんだよ」と苛立った声を発すると、そこには固い表情をしたユキオが居た。
何も言わないユキオは掴んだ手を離さない。オレは掴んだ手を外そうとするが、む力が強くなる。
「帰んなよ」というユキオの声が耳に届く。
「なんだよ、ユキオ」
「これからがおもし・・・」
ユキオの声を遮断するように ギターの音が狭い空間に響いた。オレの視線は、ユキオからステージに向いていた。さっきまで後ろにいたはずのタケルがギタリストよりも前に出ていて、ステージの真ん中に立っていた。何かが起きる気がした、少し心拍数が高まる。
「どうした、タケル?」という戸惑った男の声がスピーカーを通して聞こえる。
 タケルの表情は、無表情から怒ったような表情に変わっているのが、分かった。ステージから目が離せない。そう思った。
 タケルは無言のまま、さっきまでの手を抜いていたと言わんばかりの勢いで弦を弾いて音楽を奏でた。楽しいという印象よりも怒りと切なさを感じさせる。
タケルの動きに対してざわざわしていたが、少しずつ客席が静かになりギターの音になる。何も声を発さないでギターを弾くタケルの姿に恐怖を感じた。迫ってくる恐怖だ。
どれくらいの時間が経ったか分からないけれど、浮かれていたライブハウスの雰囲気をこれでもかと、ぶっ壊した。でも、観客は何も言わない、言えないのだろう。完全に空間をジャックしたタケルの目は何かを訴えている。そんな目をしていた。
隣にいた男は、タケルの音楽に飲まれたようで、茫然とギターを持ったまま突っ立ている。不意打ちを食らう人を見事に表現している滑稽さだった。
 ギターを弾き終えたタケルは黙ったまま、ニヒルな笑みをしながら下手へと向かう。そうして姿を消した。一瞬の花火のようだ。
「面白かっただろ?」と笑みが隠しきれないユキオは、オレに向かって、そう言った。オレは小さく笑いながら頷いた時に右手が拳を作っているのに気付いた。
「確かに、面白かったよ」と後から付け加える。
 タケルの音楽に圧倒されて、静まっていた客席から少しずつ、拍手が聞こえ始めていた。

文責 朝比奈ケイスケ

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