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短編小説✴︎朔の日のさくら ③

星に願いを


さくらちゃんか?

足早に近づく人影に、声をかけた。

「さくらちゃん?急にいなくなって
びっく……り……」
言いかけたが、近づく人影は明らかに大人だ。
少女ではない。
月明かりを背にして顔がよく分からないが、若い女性だった。

「あの、ツダさんですか?」

その女性は少し息が上がっていたが
はっきりと僕の名前を言った。

「は、はい。そうですが」
「ごめんなさい。迷って少し遅くなりました」
「あ、あのどちら様でしょうか?」

ランタンの近くに来て、その女性の顔が照らされた時、ハッとした。
さくらちゃんによく似た顔だったからだ。

母親が来たのか?いや、それにしては若い気もする。

「私、大内さくらの妹です」

確かに妹が来ると、さくらちゃんは言った。
だが、さくらちゃんの双子の妹ならば小学5年生のはずだ。

頭が混乱して、言葉も出ない。
何かの冗談なのか?

「あ、あのよく事情が飲み込めないのですが、さくらちゃんはさっきまでここに居ました」
僕はそう言ってベンチに転がっているうさぎのぬいぐるみと手袋を指差した。

その女性は、そのぬいぐるみを抱き上げてふと匂いを確かめた。

「やっぱり……お姉ちゃんの匂いだ」

ますます訳がわからない。
いや、それよりさくらちゃんを探さなくては。
「あ、あのさくらちゃんがどこかに行ってしまったんです。一緒に探してくれませんか?」

「さくらは、本当に私の姉なんです」
ぬいぐるみから顔を上げたその女性は
泣きながら僕に言った。
騙してるとかふざけてるとか
そんな感じでは無かった。

その女性はさくらちゃんが座っていたベンチに座り、話し出した。

「昨日の晩、さくらお姉ちゃんが
久しぶりに夢に出てきて
『私たちのお家があった場所に
ツダさんと言うお兄ちゃんが来るから
ももちゃんも来て』そう言ったんです。
目が覚めた時、あまりにリアルで
これは無視しちゃいけないと思いました。
このベンチの場所は、私たちが住んでいたお家のあった場所なんです。津波に流されて、跡形もなくなってしまったけど。
もう十数年も前の事なので、
私も少し場所がわからなくなって
探していたら約束の時間に遅れてしまったんです」

え?ちょっと待てよ。そう言えば
津波にここが飲み込まれてもう10年以上経っている。
さくらちゃんは津波でおばあちゃんや友達が流されたと言っていた。
10年以上前なら、さくらちゃんは生まれていないはずじゃないか。
なんで気が付かなかったんだ!

「さくらちゃんは、どう見ても小学生でしたよ?
どう言う事なんでしょうか?」僕は妹さんと言う女性に尋ねた。

「あの津波の日。私たちは小学5年生でした。その日お姉ちゃんは
熱を出してしまって、父も母も仕事に出るため、学校は休んで祖母の家にいました。私は学校でした。
津波の警報がなり、私は学校のみんなと避難しました。それでも半分の友達は間に合わず流された子もいます。
祖母の家は、小学校よりもっと海に近いので、祖母もお姉ちゃんも津波に飲み込まれ……」
言葉が出なくなり顔を覆う彼女は
泣きながら、お姉ちゃんがここに来てくれたんですね。と小さく呟いた。

僕はさくらちゃんが既に亡くなった子だったと、ようやく理解はしたが
実際、話したし、手袋もしたじゃないか?夢でも見てたのか?
混乱した顔を妹さんに向けると
本当にさくらちゃんと同じ顔だ。

そうか小学生だったさくらちゃんは、亡くなった当時のままで
生き残った妹さんはそのまま成長したんだ。
ようやく辻褄が合い始めた。

「匂いって不思議ですね。家の場所は忘れかけていたのに、お姉ちゃんの匂いははっきり覚えてます。ああ、このぬいぐるみ。本当にお姉ちゃんがここにいたんですね」

「さくらちゃんはここに、家族みんなの幸せを流れ星に願うために、ずっと1人で来てたんですね。本当に優しい子だったんですね」
さくらちゃんとの会話や、覚えていることを僕は妹さんに伝えた。
真面目な良い子だから、僕との約束(誰かと一緒に来ること)を守ろうとしたんだ。健気なさくらちゃんを思うと僕も泣けて仕方なかった。

妹のももこさんは号泣した後に、色々聞かせてくれてありがとうと言ってくれた。

片方だけの手袋とウサギのぬいぐるみは、ももこさんが持ち帰った。
残りの片方の手袋は一所懸命探しても結局見つけられなかった。
きっとそれはさくらちゃんが持って行ったんだと、対の手袋で2人は今でも繋がっていられると、ももこさんは微笑んだ。


あれから僕は、と言うか僕達は
朔の日にはさくらちゃんを偲んで
このベンチに来る。
そう僕達。僕とさくらちゃんの妹のももこさんと一緒に。

何度目か朔の日
僕はももこさんに告白した。

次の何度目かの朔の日
僕はももこさんにプロポーズした。

さくらちゃんの笑顔の写真の前に
2人で報告した。
「さくらちゃん。僕達結婚するよ」
「お姉ちゃん、私たちを引き合わせてくれてありがとう」

満月に浮かぶのは、ウサギではなくて
さくらちゃんの横顔だ。髪の長いその横顔は、もう2度と会えない君の顔。

「あっ。流れ星!」
月明かりがあるのにはっきりと
流れた星に2人で手を合わせた。

さくらちゃんの魂が、次の幸せな場所に生まれています様に。


         完



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