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短編小説✴︎朔の日のさくら ①

月の無い夜


街頭がやけに明るくなった様な気がした。
球を新しく変えたのかと思ったが違った。
夜空に満月が浮かんでいたからだ。

満月の模様が、日本では
うさぎの餅つきと言うが
西洋では、女性の横顔と言われる。

そんな満月の月明かりは、
自分が思うよりも明るくて
ハッとさせられる事がある。

その逆に、月が無い夜は
真っ暗になる。
僕が転勤でやってきたこの街は
少し街を外れると
闇が広がる土地だ。

十数年前に津波によって
たくさんの建物や命が流された場所。
子供だった僕がこんなに大人になったのに、いまだに元の様な暮らしは、ここに戻ってはいない。

少し肌寒くなったが、職場の飲み会で
酔い覚ましにお店の外に出て、夜空を見上げた時
流れ星が見えた気がした。
酔っていたし、街頭の明かりにかき消されて、曖昧だった。
「いま、流れ星見なかった?」
近くにいた同僚にも聞いたが
気が付かなかったと。

「津田くんさ、流れ星好きなら
津波後の公園行けば良いよ。あそこは街頭もないし、星がよく見えっから」
「別に好きってわけじゃないんですけど」
「東京から来ると、ここで見える星はプラネタリウムみたいだって、前に来ていた人も言ってたよね」
他の同僚も言う。

そうか、ここに来てから一年経つけど、夜空を見上げるなんてしてこなかったな。
本当に東京よりたくさんの星が、降ってくる様だ。

休み前の夜、何気なく付けたテレビニュースで今夜は流星群の最大日だと言っていた。外は少し寒いが、暖かいコートを引っ張り出してその公園に行ってみようと思い立った。
この日は月明かりのない新月だから、余計見やすいと、解説の学者が言っていた。

車で公園の駐車場に行ってみるが、当然人は居ない。
スマホの灯りを頼りに真っ暗な公園のベンチを見つけて寝転がってみる。

なるほど数十分もしたら、幾つもの
流星が見られた。
大きな火球が流れるたび
「おぉ〜!」「わぁ〜!」とか
声をあげていた。どうせ誰もいないと思っていたら、小さくクスクス笑う声が聞こえてきた。

え?誰かいる?
焦ってスマホをつけて周りを照らしてみた。
一瞬人影が見えた。
急に恥ずかしくなって
冷えた体が熱くなった。

「笑ってごめんなさい」
静まり返り、波の音しか聞こえない
公園だから小さな声でも
僕の耳に届いた。
声の感じは小さな女の子みたいだ。
声のする方に「いやいや、こちらこそ変な声出してすみません。君は1人なのかい?」声をかけた。
「はい」
え?女の子1人?こんな時間に?
急にやばいと思い、「危ないよ、こんな時間に。家に帰りなよ」
少し暗闇に慣れた目にはシルエットが見えてきた。やっぱり小さい少女だ。

「大丈夫です。すぐ近くだから」
あんまりそばに行っても、怖がられるかとベンチから動かずに、話しかけることにした。
「そうだとしてもね。君も流星群を見にきたの?」
「はい。流れ星は願い事叶えてくれるんでしょ?たくさん流れたらいっぱいお願いできるから」
なるほど、そう言うことか。
とは言えやはり心配なので、説得した。

少女は、後30分したら帰ると約束してくれた。
だから僕も30分だけその場で一緒に流星群を見ることにした。

小学5年生と言うその少女は
「さくら」という名前で、この公園になった土地に住んでいたけど、津波で家が無くなったと言っていた。
姿はシルエットしかわからなかったけど、髪が長く声が可愛らしい少女だった。

30分経ち、もう時間になったよと告げるとさくらちゃんは
「お兄さん、またお話し出来ると良いな。私いつも1人だから。久しぶりにおしゃべりできて楽しかった」
え?いつも1人?友達いないのか?引きこもり?これはどうしたものかと思っていたら
「私ね。流れ星が1番見えるお月様がない夜は、かならずここに来るんだ」
さくらちゃんは、そう言った。

「そ、そうなんだ。じゃあ、僕も朔の日はここに来るよ。お話ししよう」
「サクノヒ?」
「小学生じゃ知らないか。朔って言うのは、お月様が全く見えない夜のこと言うんだよ」
「ふーん。お兄さん物知りなんだね!」
医療機器の仕事をしているため
月の満ち欠けが体調にも関係すると先輩から言われた事があり、なんとなく覚えていた話だったが、役に立ったみたいだ。

「だから、約束しない?
他の日は夜に1人で出歩くのはやめようよ。出来れば今度はお家の人とおいで」
「お月様が出ない日以外は行かないよ。でも、また1人で来る」

さくらちゃんの家族は、一体どんな人たちなのか少し憤りも感じたが、この日は仕方なく僕の名前を教えて別れた。

そして翌月の朔日。
僕はまたこの前と同じ時間に
公園に行ってみた。
以前よりまた冷える様になったし、流星群の日ではないので、流星はたくさんはみられないだろうから、寒さ対策に暖かい飲み物やお菓子を少し持って行ってみた。
ああ、そうだ暇つぶしにやったクレーンゲームのうさぎのぬいぐるみも
もらってくれるかな?これも一緒に持っていこう。

多分、もう来ないだろうとは思いつつ
いや、来ない方がいいのだが、もしも待っていたら困ると思う気持ちが大きい。

しかし暗闇の中、今度はランタンを持って行ってみると、さくらちゃんの姿があった。
残念と思いつつも、どこか少し
ほっとした気持ちも少なからずあった。

「さくらちゃん?」
今度は僕から声をかけた。
ランタンの光が近づいてくるから
気がついているんだろう。
手を振る笑顔のさくらちゃんがいた。
今夜はランタンの明かりが
さくらちゃんをシルエットではなく
はっきりと姿をうつした。

やはり可愛らしい少女で、瞳が星の様にキラキラとしていた。
だが、余計にこんな可愛い女の子が1人でいることに不安を覚えた。
こんなところを、誰かに見られたら
僕の方が犯罪者にされかねない。
かと言ってまた、このまま置いていくのもダメだと思い、とりあえず
目立たない様にランタンの灯りを消した。

持ってきたお菓子と温かいココアを
さくらちゃんは喜んだ。
何年もお菓子もココアも口にしてなかったから、「美味しい、美味しい」と言う。
もしやこれは、虐待を受けているのか?
そんなことも頭をかすめた。
「あと、ゲームでとったやつなんだけど、こんなのいる?」
と、うさぎのぬいぐるみを見せると
「わぁ〜。可愛い!」
さくらちゃんは、ぴょんぴょんと
それこそうさぎのように跳ねて
喜んだ。


お父さんやお母さんの話をなんとなく誘導して聞いてみた。
お父さんは漁師さん。お母さんはスーパーで働いている。妹も1人いると言う。
聞いた限りではそんなに環境の悪い家庭でも無さそうだ。

ただ、おばあちゃんや友達が津波で流されて死んだと言う。

僕もあの時のニュースで、津波を見た記憶がある。
現実のことの様に思えないくらい
子供ながらかなりの衝撃を受けた事を思い出した。

「あ、流れ星!」
さくらちゃんはそう言うと
小さな手を合わせる。
「お父さん、お母さん、ももちゃんが
いつまでも元気でいてくれます様に」
「あ、もう一つ流れた!」
「お父さん、お母さん、ももちゃんが
ずっと幸せでありますように」

自分のことは何一つ願い事にしない
さくらちゃんを暗闇の中で
見つめながら、僕がこの子の幸せを
祈ってあげたいと思った。
それでも、決めた時間は来た。
「さくらちゃん、そろそろ帰ろうか?」
僕が言い、ランタンの灯りを付けると
さくらちゃんは、目にうっすら涙をためて僕を見つめていた。

「津田のお兄ちゃん。また会いたいな。次のサクの日でいいから」
「さくらちゃん、やっぱりさ、僕心配なんだよね。こんな月明かりも無い暗い夜に女の子1人で出歩くのは。だからさ、今度はさ、お父さんやお母さんや誰かと一緒においでよ」
「1人じゃだめ?」
さくらちゃんは言うけど
「うーん。じゃあせめて満月の明るい夜に来ない?」
そう僕は提案した。
「満月の日……じゃなきゃだめなの?」
「そうだな、今度は朔の日
僕はここには来ないから。ただし満月の日は必ず来るから」

少し俯いたさくらちゃんが気になったが、やはりこれ以上はだめだ。
「約束するから。僕は必ず来るからさ。さくらちゃん」

しばらく黙って、自分の靴を見つめていたさくらちゃんだけど
「うん、わかった。満月の日に来てくれるんだよね」
「うん。そうだよ」
「1人じゃなくて、誰かと一緒ならいいんだよね」
「そうだ。さくらちゃんはいい子だから、約束守ってくれるね」
「うん。また津田のお兄ちゃんと
おしゃべりしたいもん」
「ありがとう。またお菓子持ってくるからね」
「うん」
さくらちゃんはようやく笑顔になってくれた。

ベンチから帰るさくらちゃんの後ろ姿が、見えなくなるまで見届けて
僕は駐車場へ向かった。






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