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小説✴︎梅はその日の難逃れ 第36話

辺りも暗くなり、閉店イベントは大盛況の中終わりに近づいていた。
小春の梅干しも完売し
再会を果たした千登勢と小春は
あの頃出来なかった会話を取り返すかの様に、思い出話に花を咲かせていた。


凛も春翔に会うことで、ようやく気持ちを吹っ切ることが出来た。

最後に『あけぼの』の家屋を使った
プロジェクションマッピングが行われた。
四季の移り変わり、幻想的な風景。
愁にとって、ここでの思い出を重ねていた。即興で演奏をつけてくれた馴染みのバイオリニストの調べは、素晴らしかった。
映像が消え、暗転になると
全員から大きな拍手と歓声が上がった。

愁は春翔に握手し、ハグをした。
「春くん、本当にありがとう。皆さんも喜んでくれて、8年間の恩返しができたよ。心から感謝だ」
「いえ、こちらこそです。いい出会いを結ばせて頂いたし、ここでのバイトは本当に楽しかったんです。こちらこそ、恩返し出来て良かったです」
「そうかい?それなら良かった」

「ただ、僕。このイベントで失恋しちゃったみたいです」
「え?」
「僕、小春さんの事、結構本気で恋してたみたいです」
「前に言ってた恋かな?って話の?
小春さんだったか。素敵だもんな」
「はい。こういう感情って、年齢とか乗り越えちゃうものなんですね」
「多分、心は頭で考えるより自由で
世間体とか常識とか度外視しちゃうのかもしれないね」
「相手の歳とか、姿形とかではなくて、心が動くんだって知りました」
「春くんも一つ大人になったってことかい?」
「そうなんですかね?まさかうちのじいちゃんの初恋の人と、同じ人を好きになるなんて。DNAなんですかね」
「不思議だね」


愁と春翔の会話を聞いていた千鳥。

(え?失恋って……本気で櫻井さんは小春さんを好きだったの?うそ!)

心の奥がズキンと傷んだ。
涙が出そうになるのを千鳥は我慢した。
自分のこの想いをまだ伝えてもいないのに、淡い期待を持った自分。
大好きな小春さんに、嫉妬してしまうのも嫌だし、春翔への恋心がホロホロと崩れる痛み。
やっぱり人を好きにならなきゃ良かった。振り出しに戻ったみたい。

「ドリちゃん。もしかして春くんのこと、好きだった?」凛が単刀直入に聞いてきたので千鳥は
「な、何を言って、言って……」
しどろもどろになってしまった。

凛は千鳥の肩と側に居た駿太郎の肩にも手を回し
「どうやら、私達失恋組だね」と小声で凛は言った。
「え?俺も?」駿太郎が凛に聞く。
「宮下くんも恋してたけど、ダメだったんでしょ?」と言った後耳元で「ドリちゃんに」と凛は駿太郎に囁いた。
急に真っ赤になった駿太郎に、千鳥が「え?宮下くんも?好きな人いたの?」
呑気に聞く。
「え?え?勝手に仲間にされただけだよ!」と叫んだ姿に凛が笑いながら
「まぁ、いいじゃん。私はもう恋はしないって気持ちに、すでに切り替わっているけどね」
「木杉さん、私も仲間にしてください」千鳥も思わず叫んだ。
「ドリちゃん。もう悩まずに突き進もう!って言うかドリちゃんは何に向かう?」
「え?私?」
「あれ?そういえばドリちゃんって卒業進路相談の後も、先生に突っつかれていたよね?」
「う、うん。まだ決まらなくて」
「そうなの?なんか無いの?好きな事とか得意な事」
「無かったんだけど、今日のプロジェクションマッピングにも感動して、なんか私にもこんな素敵な映像出来たらいいなって、ちょっと思っちゃった」
「それいいじゃん!ドリちゃん来て!」
凛は千鳥の腕を掴み、春翔の方へ向かった。

「春くん。今日のプロジェクションマッピングやった人って知り合い?」
「うん、高校の同級生だよ」
「やっぱり!プロジェクションマッピングってやるのに、結構値が張るって聞いたことあってさ、気軽にやれるもんじゃないから何かコネあるんだろうなって思った」
千鳥は凛がそういうことも知ってるんだと驚く。そして春翔も
「凛、そんなことも知ってるんだ。そうだよ。あいつはまだ専門学校で勉強中だから勉強の為って事で、機材借りてプログラミングしてもらったんだ」
「ねえ、春くん、その人紹介して」
「ああ、いいよ。おーい野崎ぃ〜!」
機材を片付けている男子が振り返った。
「凛、そばに行ってみなよ。俺、ここ片付けておくから」
「うん、ありがとう」

またも凛は千鳥の腕を引っ張っり歩く。なんとなく駿太郎もそれについていった。

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