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小説✳︎「月明かりで太陽は輝く」第6話

結里子ー似ている彼

土曜日出勤の日。
患者さんは平日より
少な目なので、少しのんびりな受付業務。
病棟担当の時は
曜日なんて関係なく忙しかった。
その頃に、担当していた奏くんが
松葉杖をつきながら
外来にやってきたのが、遠くから見えた。
そちらに気を取られていると
目の前で診察券を出す人がいて
少しビックリしながら
受け取ると2枚ある。
「おふたり共ですね?」と
顔を上げたら
あの電車で出会った、長身のサラリーマン!
もっとビックリしていたら
奏くんが話しかけて来た。

まさか、奏くんの友達だったなんて
思いもよらなかった。

しかも名前が
「佳太」

紘太と、背格好も似ていたので
気にはなっていたけれど
名前まで似ている。

その後すぐ
大地さん親子が、受付に姿を見せた。
陸くんが風邪をひいたようだった。

大地さんは、私に気付いて
「受付なんですか?病棟担当から
変わったのですね」
「はい。ちょっと病気をしてしまって……」
「え?病気?」

気を利かせてくれて
医事課の主任が
「少し休み入っていいよ」と
声を掛けてくれた。

大地さんをトイレの隣の
自販機コーナーへ案内した。

そこで、実は乳がんになってしまって
治療しながら働かせていただいてると話した。

すると大地さんが
急にポロポロ、涙を流し始めた。
男の人がこんな風に
泣き始めたのを初めて見た。
驚いて戸惑う私に、大地さんは
「僕の妻も乳がんだったんです。
すみません。
涙ってこんな風に不意に
流れてくるもんなんですね。
お恥ずかしい……」と言いながら
涙を拭っていた。
♢♢♢♢♢

林 佳太さん。

帰り際、診察券を手渡しながら
少し話しかけてみたら
この前の事を、覚えていて
お礼を言われてしまった。

日曜日に、遅い朝食を取りながら
次に電車で会ったらどんな顔しよう?
無視も変だし
車両変えたりしても
また、病院に来た時に気まずい。
どっちにしても
おはようの挨拶くらい良いよね。
などと考えていた。

そして月曜日。
通勤の電車の中
同じ時間
同じ車両
いつものドアから
乗り込んだら
佳太さんがいた。
目があったので
少しドキドキしながら
「おはようございます」
「おはようございます」

同時に言うから
お互い笑ってしまった。

それからほぼ毎朝
佳太さんに
朝の挨拶はするけど
静かな車内で
たくさん話すわけでもなく
下車駅まで行って
降りる間際
お互い会釈をして
別れるようになった。

佳太さんに紘太を
重ねている自分に
少し混乱してる。

紘太にも佳太さんにも
なんだか悪い事している気がして。

あれから数日して
大地さんから電話が入った。

「急にお電話してすみません。
今、大丈夫ですか?」
「はい、夕飯食べ終わったところです。
陸くん、良くなりましたか?」
「お陰様で、あの後、熱も咳もおさまり
元気に保育園行ってます。
先日、お聞きした乳がん治療の事なんですが。
妻で経験しているので、多少知識があります。
抗がん治療で爪の色が
変わってしまいますよね」
「お気づきになりました?
ええ、仕方ないですけどね」
「差し出がましいのは分かっていますが
僕に知り合いに、ネイリストがいます。
爪の手入れしてもらえるんですが
良かったら、やってみませんか?
もちろん料金は
僕に肩代わりさせてください」
急な話に戸惑って、返答に困っていると

「妻も髪が抜けた時、本当に辛そうでした。
でも、ウイッグが今のはよく出来ていて
可愛いよねって、逆に楽しめるようになって。
ただ、爪はいつも目に入るし
見るたびため息をついていましたよ。
妻の乳がん患者の友達から
抗がん治療している時でも
爪の保護しながら、色をのせることが
出来ると聞いたんです。
妻はやりたいと言っていて
ちょうど、私の職場のビルに入ってる
テナントの、ネイル専門店に相談していて
やらせてあげようと思った矢先に
急変してしまって……」

大地さんのせめてものという思いも
分かったし
私の心が軽くなるという、どちらにも
良い話だとは思った。

「…… 分かりました。
お言葉に甘えさせていただきます」


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#恋愛小説
#抗がん治療

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