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小説✴︎梅はその日の難逃れ 第34話

「梅干し、旨い?」
後ろから話しかけられた千鳥は
振り向くと駿太郎が立っている。
「わぁ!」千鳥はつい声を出してしまった。
「いや、そんなにびっくりしなくても」駿太郎は、坊主頭を撫でながら千鳥を見た。
「ご、ごめん。来てくれてありがとう」
「おう!一応演劇部の男子にはチラシ配っといたよ。これが噂の米村のばぁちゃんの梅干し?」
「うん、めちゃ美味しいよ。うちの庭の梅の実で作ったの」
「へえー」
「しかも、この梅干しを食べると良いことが起きる!」
「良いこと?マジ?」
「そう、ある人のお墨付き」
そこへちょうど春翔が通りかかった。
「梅干し、あと少しになったね」
「あっ、櫻井さん」
駿太郎に向けて千鳥は
「ある人ってこのかた。ねっ、櫻井さん!この梅干しにはすごいパワーがあるんですよね」
すると春翔も
「そうですよ。ただの梅干しじゃなぁないよ」
「へえー。じゃあ、一個買おうかな?」駿太郎は春翔の顔と千鳥の顔を見比べながら言った。

駿太郎は学校で、このチラシを渡された時、普段の千鳥からは、想像もしなかった積極性と話ぶりにも驚いたが、春翔にあった時の笑顔といい、話ながら笑う声といい、学校では見せたことのない千鳥の姿に、彼女の春翔への恋心に
なんとなく気付いてしまった。

「あ、さっき木杉さん……凛さんが来てましたよ。あそこのおじいさんを連れてきたって」
千鳥は春翔に話した。
「え?凛、来てた?」
「はい」

凛からの告白以来、ずっと会えずにいた春翔は少し心傷んでいた。
気になっていても、凛からの連絡を待つしか無かった。
「どこにいるんだろう?じいちゃんに聞いてくるよ」
離れて行った春翔の姿に、少し寂しそうな顔になった千鳥を見て、それぞれの関係性を感じる事が出来た駿太郎もまた、複雑な想いだった。

♢♢♢♢♢♢

それはまだ、千鳥達が高校入学後少し経った一年生の頃。

昼休み。
またいつもの様に机で駿太郎は
うたた寝していた。
夢の中で、彼は甲子園のグランドに立っていた。
「なんだ、怪我なんてしてないんじゃん。俺、野球部続けられたんだ。しかも、甲子園のマウンドに立ててる!」
感慨深く周りを見渡した。
だが、そこには誰もいない。
一緒に野球部に入るつもりだった同級生が背中を叩いて
「駿太郎。お前は違う。もう野球は諦めて帰れよ」
「なんでだよ。俺は怪我なんてしてなかったんだろ?」
「よく見ろよ」
促されて自分の膝を見ると
真っ赤に裂けた筋肉の間に
白い骨が見えた。
「うわぁぁぁー!」
叫んだ時、目が覚めた。
「だ、大丈夫?」
千鳥が顔を覗き込んでいた。
「なんかうめいてたよ。起こした方がいいかと思って、肩を叩いちゃった」
「あ、いや、大丈夫。ありがとう」

千鳥は駿太郎に、ティッシュを差し出した。
駿太郎は、夢を見ながら
机に溜まるくらい涙を流していた様だった。
「あ、わりい」
その後、千鳥は何も言わずに
自分の席に戻った。
しかしその千鳥の後ろ姿は
駿太郎にとって優しい空気を運んで来たように感じた。
辛い気持ちが、穏やかになっていったのだ。
もらったティッシュで、自分の顔と机拭いた。
「やべえ、こんなよだれ垂れちまったか」
涙と思われたくなくて冗談ぽく呟くと、千鳥がクスクス笑って駿太郎の顔を見た。
目があった時には、駿太郎にとって
千鳥はただの同級生から、すごく気になる女子になっていった。

それからと言うもの、相変わらず
昼休みは二人の時が多いが、千鳥は本を読んだり、ノートに絵を描いたりしている。
駿太郎もヘッドホンをつけたまま音楽を聴きつつも、千鳥と二人の時間を過ごす事が密かな楽しみになっていった。

♢♢♢♢♢♢♢

春翔は千鳥から教えられた方向に向かうと、祖父が椅子に腰掛けているのがわかった。
近くに凛は居なかったが、春翔が声をかけた。
「じいちゃん。来てくれたんだね!ありがとう」
「うむ。陽気も良かったし、凛が棍詰めて勉強してるって母親が心配してたから、気分転換に付き合いなさいと言ったんだよ」
「僕も凛に会いたかったから、連れ出してくれて助かったよ!」
「凛と喧嘩でもしたのか?春翔が居るから行きたくないと、最初言ってたぞ」
「喧嘩ってわけじゃないんだけど……」
「まあいい。コーヒー無料券の引き換えに行くと言ってたな」
「じゃあ、あっちか。じいちゃんはここで待っててよ」
「ああ。ところで春翔、ここでは梅干しを売っているのか?」
「うん。あっちのベンチのそばで売ってる。欲しいなら、あと残り少しだから、早く行ったほうがいいな」
「おお、そうか」
杖をついて立ち上がった祖父を見て春翔は千鳥の方を見た。
千鳥も春翔の様子を見つめていたので、すぐ気がつき
(こっちこっち)をする春翔に
千鳥もすぐ反応し駆けて行った。
「あ。宮下くん。ちょっとここに居てくれる?」
「お、おお」
駿太郎を残して、春翔に向かって行く千鳥の後ろ姿は、やっぱり恋する女の子だ。
(やっぱ、片思い……だよな)
駿太郎の淡い想いは、千鳥が気付くわけもなった。

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