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小説✴︎梅はその日の難逃れ 第35話

「ぼくのじいちゃんだよ」
「こんにちは」
千鳥は春翔の祖父を見て
(あ、確かに似てる。そして木杉さんにもやっぱり似てる)
流石にいとこだなと、思った。
「千鳥ちゃん、じいちゃんも梅干し欲しいらしいから、案内してくれる?僕は凛を探してくるから」
「はい、わかりました」
春翔の祖父は少し気難しそうに見えた。怖い人かな?と思いつつも、春翔の祖父なら大丈夫と勝手な想像で笑顔を見せる千鳥。
「は、初めまして、米村千鳥と言います」
千鳥から挨拶すると、祖父はパッと目を見て千鳥に使って
「今、なんと言った?」
「え?名前ですか?」
「ああ、そうだ、お嬢さんの名前だ」
「よ、米村千鳥です」
春翔の祖父は、何か言いかけていたが
言葉が出てこない様子だった。
千鳥は、心配になってしまった。
「あ、あの大丈夫ですか?櫻井さん呼んできた方が良いですか?」
慌てる千鳥に向かって
「いや、大丈夫。梅干しをいただきたいので、案内よろしいかね?」
春翔の祖父は杖を地面に押し当てて立ち上がった。
少しよろめいた祖父に、手を添え支えようとした千鳥が見た横顔が
春翔に本当に似ていて、少しドキドキした。
(やだ、私までおじいちゃんにドキドキしちゃってる)
千鳥は心でつぶやいた。

ゆっくりと歩いて、梅干しを並べた棚へ向かう。
「宮下くん、お店番ありがとう」
千鳥は歩きながら駿太郎に声をかける。
「大丈夫ですか?」駿太郎も手を貸しながら、近くの椅子に案内した。
そこに凛を伴った春翔もこちらにやってきた。
「千鳥ちゃん、ありがとう。
じいちゃん。凛がコーヒーもらってきてくれたよ」

「ドリちゃんが春くんのイベントに関わってたの知らなかったわ」
凛が言うと
「木杉さん、勉強まっしぐらで全然話もしなかったものね」
「まっしぐらって、ふふふ。
ドリちゃんは私が春くんと従兄弟って知ってたの?」
「あ、うん。小春さんから聞いてた。確か同級生じゃないの?って言われて」
「小春さん?」
「うちのおばあちゃん。名前で呼んでるのよ」
そのやり取りを聞いていた春翔の祖父が、急に話しかけてきた。
「千鳥さんや、小春さんとは米村小春さんという事か?」
急に話しかけてきたので少し驚きつつ「は、はい!私の祖母は米村小春です」

「ああ、なんと!」

突然、春翔の祖父は声を上げた。
「じいちゃん、どうした?」
春翔も驚いて聞く。
祖父の杖を持つ手が震え
紙コップのコーヒーもこぼれんばかりだった。
「おじいちゃん、具合悪くなった?」凛も心配で声をかけた。

その時、小春がやって来て
「千鳥ちゃん、梅干しの売れ行きはどうかしら?今度は私が番するわよ」

「小春さん!」春翔も千鳥も同時に
名前を呼んだ。

そこにいる全員が小春を見ると
小春はそこにいる春翔の祖父を
見つめた。
小春もまた、小刻みに体が震えていた。



「お、お嬢さん?」
「……千登勢さん?」
祖父はゆっくり立ち上がり
「はい、千登勢です。お懐かしい。ご無沙汰しておりました。生きている間にお嬢さんに又、お目にかかれるとは思いもしませんでした」
「お嬢さんなんて.もうすっかりおばあさんです。ふふふ」
笑顔の小春を見つめて、千登勢も
微笑みながら言った。
「いいえ、お嬢さんとすぐわかりましたよ。笑い方も変わらない」

春翔もなぜ祖父の名前を知ってるのか。驚きの顔で2人を見つめた。

小春が口を開いた。
「春翔くんのおじいさまって、千登勢さんだったのね。初めて春翔くんをみた時、千登勢さんの面影を感じたのは
私の中の千登勢さんの記憶が間違っていなかったという事ね」
千登勢も笑顔で答えた。
「私の方こそすっかりジジイですよ。杖が手放せなくなりました」
「それはあの時の怪我のせい?」
「お嬢さんの所の庭の怪我は、骨が変形して多少の不自由はあったのですが」
千登勢は椅子に腰かけ直し
ズボンの裾を捲り上げる。
千登勢の左足は、義足になっていた。
小春は絶句して、千登勢の顔を見つめた。はらはらと涙を流した。
あの日の告白の時の様に。

「なんて事。どうなされたの?」
震えながら義足を見つめる小春が
尋ねた。
「仕事の為一人で山に入った時
重機が倒れてしまって
左足を挟まれてしまいました。
発見されるまで半日以上
かかってしまったものですから
壊死してしまい切断となりました」
「どんな思いで助けを待っていたのでしょう。痛かったでしょうね。辛かったでしょうね」

小春は涙が止まらなかった。

「お嬢さん、私のためなんかに泣かないで下さい。一人で行った私も行けなかったし、油断があったんですよ」
「こんな所で、ごめんなさい」
小春は、涙を拭いながら言った。
千登勢はズボンの裾を戻しながら
「でも命が助かったのだから、不幸中の幸いと思っております」と言った。
「そうね。そうよね」
少し笑顔が戻った小春を見て
「こうして元気でやってこられたのも、幸せといえます。そして、又お嬢さんに会えた事が、何よりの幸せかも知れません」
「そんな風に仰ってくださって、嬉しいです」


2人のやりとりを見ていた千鳥は
いつかの小春さんとの恋バナを思い出した。
そしてその相手が春翔の祖父だったとは……。

「梅干しの売れ行きはどう?」
小春の元に千草もやってきた。

「あ、お母さん!」
「まぁ、千草」小春も顔を向けた。

「利用者さんお連れしようかと思ったけど、大勢はちょっと難しくて
私一人で寄ってみたわ」
千草はなんとなく、小春の雰囲気の違いを感じた。

「お母さん!
こちら櫻井さんのおじい様」
千鳥は千草に言った。
「あらー。そうなの?初めまして。
お孫さんには色々お世話になってます」
「あなたが千鳥さんの母親かい?
という事は小春さんの娘さんか。
やはり似ているな」
千登勢は千草の顔をまじまじと見た。

訝しむ千草に
「お母さん!それでね。こちらが千登勢さんなの!」
千鳥が告げた。
「えっ!?」千草は驚きの顔で
目の前の千登勢を見つめた。
「小春さんの?想い人の?」
「千草!」そう言って小春は
千草の上着の裾を引っ張った。
「千草、恥ずかしいじゃない」


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