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島田雅彦「Ifの総て」

こちらも新連載の一回目。舞台設定から始めるのではなく、題名の謎解きから入る。つまり、歴史のIfを考えることには意味があると。なぜならば、語られた歴史を受け入れるだけなら、そこに停滞と麻痺が広がり、歴史に対する責任を放棄する者が出てくるから。だから私たちは、常に澱んだ歴史を掻き回し、激しい渦を生じさせなければならない、と。

で、語られ始めるのが、御巣鷹山の日航機墜落事故である。会社名や機体名を変えてはあるが、犠牲者数や墜落場所が同じである。
この機の客室乗務員だった女性がインフルエンザで搭乗できず、代わりの女性が事故で死ぬ。彼女は贖罪の意識と犠牲者への供養から墜落の原因を調べ始める。原因は圧力隔壁の損傷とされたが、それに納得できない人間も多くいた。しかし充分な調査もできぬまま女性は老齢を迎えてしまう。そしてその女性になり代わり、彼女の娘が真相を解明すべくタイムトラベラー花村のもとに相談に訪れる。

日航機の事故は「沈まぬ太陽」や「クライマーズ・ハイ」で小説の題材になった。小説も読み映画も観たが、これらは会社側、報道側の人間に焦点が当たっていたように思う。原因については、テレビで何度か追及している番組も見たが、真相には至っていなかった。歴史のIfで、それがどう解明されるのか、これが以降の読ませどころになるのだろう。

が、懸念もある。タイムトラベラー花村である。時空を越えるのは意識だけだそうだが、心配である。花村は「オルタナヒストリー(もう一つのあり得た歴史)研究所」「フォーチュン・チェンジャー(運勢を変える者)」を名乗る。条件が変われば未来がどう変わったか検証するのが仕事だそうだ。
他にも助かった女性の叔母は霊感が強く、「あの機には乗るな」とか「死者に代わって真相を暴け」とか言う。
つまり、物語の中にSF的要素やオカルトが入り込んでいるのである。変な方向に行かなければいいと懸念する由縁だ。

これから花村は時空を超えて、歴史のIfを探るのだろうか。もしあの時、こう判断したら、もしあの時、こう確認しておけば、結末は変わった。そう語るのだろうか。

でも、それは事故調査で普通に語られることではないのか。あの判断が間違っていたので事故は起きた。この修理の確認が甘かったので事故は起きた。同様の事故を起こさないために普通に行うのではないか。

ただ日航機の場合は、その原因に疑問を持つ人が多いことは確かだ。本文にもあるように、米軍や自衛隊が絡んでいる、という人もいる。だが最早、それを解明する術はない。
もし他に真相があるのなら、どうすればいい? 口を閉ざす当事者に力ずくで口を割らせるか。ペンタゴンの地下深くの金庫から極秘の真相ファイルを盗み出すか。それとも、時空を超えて、あの日に立ち合うか。

懸念とはこれである。SF、オカルトは、間をはしょって証明する。地道な証拠集め証人集めをせずに、超能力の力でポンと現場に行く。そして全てがわかる。だが、そういう分かり方で、日航機の事故を解明していいのだろうか。

「日本の黒い霧」という本がある。帝銀事件とか下山事件といった昭和史に残る怪事件を松本清張が解明していく。勿論推論だが、清張は、今、手に入る資料を全て集め読み込み、そして自分の考える最適の推論を読者に提示する。読み物としても面白いし、スリリングである。納得もする。私は思う。実際の事件の解明にSF・オカルトの類はいらないんじゃなかろうか。そういう解明の仕方は違うんではなかろうか。

御巣鷹山日航機墜落事故は大変痛ましい事故であった。歴史のIfを語るの名の下に、「時空警察」みたいにならないことを切に願う。

ま、でも島田雅彦先生ですからね、そんなこと先刻ご承知でしょう。いらぬ心配でした。

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