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奥泉光「清心館小伝」
奥泉光は企の人である。著書から見てもわかる。"石の来歴"から始まって、"「吾輩は猫である」殺人事件"、"グラント・ミステリー"、"ノヴァリースの引用"、"神器-軍艦「橿原」殺人事件"などなど、話題作問題作にことかかない。芥川賞をはじめ各種文芸誌の新人賞の審査員に軒並み名を連ね、R-18新人賞の審査までしそうな勢いである。これだけ審査員を行うのは、推察するに、新しい才能にいち早く触れ発見したいという
もっとみる桐野夏生「聞こえたり聞こえなかったり」
連載第二回。一回目は読んでない。二回目だけで何か書こうなど、失礼極まりないが、新潮全部読む、のマイ企画の為、ご容赦願いたい。
漱石の「猫」だったと思うが、苦沙弥先生が適当に本を開いて読んでると、そんな読み方で面白いのかと訊かれ、面白いと答える場面がある。苦沙弥先生は筋を追ってるわけではないのである。筋以外にも小説の読みどころはあるのである。
桐野さんの第二回、読んでて上手いなぁ、と思う。植物人
金井美恵子「夢の切れはし」
金井美恵子くらいになると、何を書いてもいいのだろう。文学的感性の乏しい僕には、サッパリ分からんものだった。
私は通りで死んだ母と出会う。その通夜の夜見たポニーに跨った猿の競馬の夢を思い出す。また母のワンピースの生地の連想からズロースの話になって、その作り方が延々語られて、それが子供の頃母が銭湯帰りに見たお化けの話になって、その銭湯の話があった後、小僧のお化けを見た母はその母さんと家に帰って布団に
島田雅彦「Ifの総て」
こちらも新連載の一回目。舞台設定から始めるのではなく、題名の謎解きから入る。つまり、歴史のIfを考えることには意味があると。なぜならば、語られた歴史を受け入れるだけなら、そこに停滞と麻痺が広がり、歴史に対する責任を放棄する者が出てくるから。だから私たちは、常に澱んだ歴史を掻き回し、激しい渦を生じさせなければならない、と。
で、語られ始めるのが、御巣鷹山の日航機墜落事故である。会社名や機体名を変え
川上未映子「わたしたちのドア」
ふたつならんだ平屋造りのアパートの部屋にわたしは住んでいる。隣には孤独な不幸そうな女が住む。交流は全くない。ある日、わたしは泣いている女を見る。何も声をかけられず、わたしは部屋に入る。それから、二人を隔てる壁をドアに見立てて、何度もノックし続ける。
僕は今、賃貸のマンションに住んでいる。隣の人の名前も知らない。たまに会って挨拶くらいはするが、すぐに忘れる。どういう顔をしていたか。幾つくらいか。思
「新潮」創刊120周年記念特大号
「新潮」が、120周年とかで、分厚い号を出した。たくさんの作家たちが、エッセイや短編を載せている。特別号だそうだ。僕はこうした特別号がでた時、毎回ではないが、買って頭からお尻まで全部読むことをする。勿論ひと月では収まらない。一日一編、小説とエッセイを交互に読んでいく。面白くてもつまらなくても、毎日日記のように読む。なぜそんなことをするのかというと、リハビリのためだ。いろんな作家のいろんな作品を読む
もっとみるサンドイッチとウィンナー 3
日曜日、後ろ髪を引かれる思いで、私は図書館に行く。お弁当作りはずっと続いている。行って関口君と勉強して、お喋りして、それで一日が終わる。帰ってお母さんと昇だけだと家の空気が重かった。日曜日もお父さんは仕事に出ることがある。なるべく家にいてほしい。そう思っても言えなかった。お母さんも言えないようだった。
今日の日曜日はお父さんがいた。救われるような気持ちで私は家を出た。午前中関口君と勉強して、お
サンドイッチとウィンナー 2
惜しい試合を落としてもっとガッカリするかと思ったのに、頼子はいたって元気だった。みんなが慰めても「なんのなんの。高校行って国体出るから」なんて叫んでる。相変わらず素振りと腕立ては欠かさないようだ。受験のことはまだ頼子には黙っていた。自分の心は決まったが、夏休みが終わって胸を張って勉強したぞと言えるまで、秘密にしておくことにした。
「うちは中高一貫だが、高校入学はひとつのけじめとして考えてほしい。
サンドイッチとウィンナー 1
あらすじ
私立中高一貫の女子校に通う知子は、自分の居場所を見つけるために、都立高校の受験を決意する。図書館で同じ受験生の関口と出会い、二人は共に勉強する仲となる。国語の苦手な知子に、関口は「トロッコ」を勧める。同じ頃、弟の昇の虐めが発覚する。昇もまた自分の居場所を見つけられないでいた。親友頼子の助力で昇は徐々に立ち直る。一方、家族の内情を知られた関口は、知子の前から姿を消す。自分を鼓舞し勉強
捜査員青柳美香の黒歴史Ⅲ
翌朝は、早めに京都に立った。昼前には京都について、駅ビルで腹ごしらえした後、東寺を尋ねる。警察手帳の効果は絶大で、すぐに寺務所に通され、事務方の人と、年輩のお坊さまとで対応してくれた。
ひと通り話してみても、あまりよい反応はなかった。随分昔の話ではあるし、しかし、捨て子があったことが事実なら、覚えている者もいるはずだ。山田昇が見せた和歌も見てもらった。お坊さまは、すこし拝借してもよろしいか、と
捜査員青柳美香の黒歴史Ⅱ
家に帰ると、ドアの前に、昨日の婦人警官が立っていた。警察が何の用だ。僕は勝手に行動する。そう言ったはずだ。無視して玄関のドアノブに手をかけると、婦人警官が突然歌い出した。正直ギョッとした。
お月さまいくつ
十三ななつ
まだ年や若いな
あの子を産んで
この子を産んで
だアれに抱かしょ
お万に抱かしょ
お万はどこ往た
油買いに茶買いに
油屋の縁で
氷が張って
油一升こぼした
捜査員青柳美香の黒歴史Ⅰ
あらすじ
伊勢神宮に参詣に行ったはずの妻と娘と義母が失踪した。三人は密かに憑神教という新興宗教に入信していた。夫の大石司は単身その本拠地に乗り込む決意をする。同じ頃、自宅に差出人不明の手紙が届く。中には読解不能の和歌が一首。思案していると、警察官青柳美香が現れ、同行を申し出る。二人は憑神教の本拠地和歌山を目指す。憑神教の教義とは。三人が憑神教に入信した理由は。憑神教二代目代表を名乗る山田昇とはい