【掌編】たけのこの里

ときどき、爪をやってもらう。
つまりは爪を磨いたり塗ったりなのだが、
不器用な私はセルフケアができないので、
ネイルサロンで施術してもらうのだ。

早春のある日のネイル担当者は、20歳そこそこの女性だった。
顔のパーツを強調するメイク、金に近い髪の色、小鼻のピアス、
いわゆる「ギャル」という範疇に入るのだろうと思った。
制服のエプロンの肩紐がずり落ちるたびに
蛾の触角のような眉をしかめ、
「ちょおウッザー」
と直していた。

ギャルはミニーマウスの水玉リボンが描かれた長い爪で小さな鋏を操り、
私の爪の甘皮を切ってゆく。
北関東のある県から、車で2時間かけて通勤していると語る。

「ウチ、すっげえ山んなか通ってくるんですけどー、
 とちゅうで竹ヤブがあってー、たけのこー、ちょお生えててー」

「筍?」

「ウチたけのこ、ちょお好きでー、いっつも欲しかったんですけどー、
 ヒトの土地だからー、勝手にとれなくてーー」

「まあそうだよねえ」

「でもゆうべー、仕事帰りの夜遅くそこ通ったらー、 
なんかすっげえ、おちててー」

「落ちてて?」

「たけのこ落ちてたんですー。なんかもう掘ってあんのがいっぱい、
ちょお、ちょおいっぱい、
ヤブの横の道んとこ、ゴロゴロ、ナンジュッポンも放ってあってぇーー」

「何十本も」

「絶対これ、ヤブの持ち主が掘って多すぎて、捨ててあんだなってー、
 んで、もらっちゃったんですー、3本、おっきいの。
 だいじょぶですよね? ウチ、ドロボーじゃないですよね?」

正直、グレーゾーン、と思った。
でも。
街灯も無い真夜中の山道の竹藪、白い月に照らされて、
掘りたてのたけのこがナンジュッポン、転がっていたならば。

「そうだね。大丈夫じゃないかな。私でも貰ってくよ」

ギャルは睫毛エクステに縁どられた瞳を、ぱあっと見開いた。

「ですよねー!ウチ、ソッコーで煮物と炊き込みご飯つくってー!
 家族、ちょおウマいって言ってましたー!!」

「えっすごい、自分で作ったの?親御さん、喜んだでしょうね」

「あっウチ、親どっちも早く死んじゃったんですー。
ダンナと、子どもがふたりいますー」

ギャルは私の爪の先に銀色のラメをまぶして、笑った。

「あー、はやく仕事おわってセリ摘みに行きたーい、セリ!
ウチ、芹も好きなんですよー。おちてないかなあーー!!」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?