「売名」


買う人を待つ
中央卸売市場で待つ
買う人が来る
曇天のした汗をぬぐいながら
買う人はスーツのジャケットを脱ぐ
わたしは厚いカーディガンを羽織る
わたしは売る人
売る人は売るものを
まもるうつわ

買う人と歩く
山梔子の甘い匂い
鉄工所の酸い匂い
隅田川の饐えた匂い
わたしの匂い

白い建物に入る
白い衣を買う人が着る
白い台にわたしは横たわる
はだけられたカーディガンの下
皮膚に走る線路のような縫い目
何本も
何本も

わたしは腹をさばかれて
いろいろなものを売りはらってきた
だけどもう売れるものは 無い
最後の名まえを切り出される
からっぽのうつわに
おがくずが詰められる

目を閉じる
線路の鳴る音がする
北千住という地名は 無い
駅名があるだけ

すべて終わったら
東武伊勢崎線で帰ろう
名の無いわたしは
おがくずをこぼしながら


※北千住でのワークショップ「今日の原稿用紙」を経て製作したものです。

https://peatix.com/event/269392?lang=ja



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