入り口

“大切な人が暮らす未来を守って” 日本で唯一震災を未来に伝える美術館を訪れて

「...私たち被災者が果たすべき責任は、子孫に同じ過ちを繰り返させないことである。責任を持って災害を繰り返さない地域の再生を図っていかなければならない」

被災者の責任を厳しく説くこの言葉が、リアス・アーク美術館の存在意義を端的に表している。リアス・アーク美術館が対象にするのは、地域外から訪れた一般客ではなく、被災以前からその土地で暮らし、その地で被災者となった地元の人々である。そして、美術館は単なる過去の資料の羅列ではなく、過去の教訓を未来へと引き継がせるための強いメッセージを放っている。

画像1

気仙沼湾を見下ろす丘陵地帯の一角に、リアス・アーク美術館という美術館がある。美術館内の常設展「東日本大震災の記録と津波の自然史」では、津波の被害を甚大に受けた宮城県気仙沼・南三陸町の被災状況の調査で撮影された200枚の写真・300の被災物そして130の過去の歴史資料が展示されている。

気仙沼駅近くの観光協会の窓口にいたおばちゃんに勧められて、訪れた美術館。客足が少ないと思っていたら、職員の方が降りて来て、「本日より休館日なんですよね..」と申し訳そうに伝える。「そうですか、それは残念ですね..」

帰ろうとした際に、美術館長の方がいらっしゃって、「せっかくいらしたのだから、30分だけ見てゆきませんか?展示用のライト、付けて来ますんで。」と、私たちの気持ちを労い、特別に30分だけ中を見させてもらうことになった。

暖色のライトが照らし出す被災物と、震災直後の破壊された街並みの写真が並べられている展示場へと、足を踏み入れた。

画像2

 ※館内の方より、一つ一つの被災物が特定されないよう撮影撮影してくださいと言われた為、写真は少しぼやけています。

展示の特徴は、一つひとつの展示物に、現地で被災された方の声を再現したエピソードが添えられていることだ。家の柱・自動車部品・ファミコン・ドアのチャイム...一つ一つの被災物を、地元の人々がどのように捉えたのかを再現する取り組みである。印象的だったエピソードを2つほど、紹介しよう

津波の惨残さを伝える物:トタン屋根の塊
まるっごくなった鉄の塊みつげてさ、なんだべぁと思ってしげしげと見だのね。しだっけさ、どうやらトタンのようなのさ。どっからか剥がれて、そいづ波に揉まれて、アルミホイル丸めた感じで、丸っこくなってた。
震災当時の記憶を蘇らせる被災物:卒業証書 
卒業式の直前だったでしょ。当然ですけど、卒業証書も全部用意できてましたから。一応、避難するとき、3階に上げておいたんです。正直なところ、2階はまずいかもと思いましたが、3階まであの状態にな流とは考えられませんでしたね。嫌な時期にとんでもないことが起きたもんですよ。私、これから卒業式のたびに思い出しますよ。卒業生たちの、あの顔。でもね、彼らには強くなってほしいと思ってます。

被災物は、多くのことを物語る。
津波の惨残さ、災害前の暮らし、気仙沼の漁業や文化...
しかし被災物が語るのは、人々の記憶の中に共通の景色や思い出が眠っているからであり、その記憶が"呼び起こされる"からである。

画像3

美術館は三度繰り返してこう伝える。
忘れる(I forget)と覚える(I remember)の意味は真逆である。被災した私たちは「忘れない」のではなく「忘れられない」のである。」

リアスアーク美術館が呼びかけるのは、震災を「忘れない・風化させない」ことではなく、震災の記憶を持つことである。その理由は、地元の人々が、南三陸・気仙沼が"津波常襲地域"であるという記憶を「忘れてしまった」ことによる、苦い経験によるものだった。

気仙沼の位置する三陸沿岸は、歴史的にみても"津波常襲地域"である。
およそ40年に1度の周期で大津波が襲来し、その都度沿岸の町へと甚大な被害を与えているのだ。

1896年に起きた昭和三陸大津波では、2万2千人以上の人が亡くなっており、1933年の昭和三陸大津波津波、1960年のチリ地震津波ではそれぞれ3000人、100人以上が犠牲となった。

画像4

2万2千人以上が亡くなった昭和三陸大津波襲来後の生々しい状況が絵として残っている

「被災者には元の暮らしを取り戻す権利がある。しかし一方で考えなければならないのは、"責任"である...私たち被災者は、被災する可能性を否定できない場所で暮らしてきた。その場所で暮らす自由、つまり権利を行使してきたのである。その結果被災した。」

常設展の編集者である山内さんは強く語る。

山内さんのこの鋭い言葉は、災害の多い日本の中で暮らす私たち全員に対しても向けられているのではないだろうか? 明日地震があったら、明日津波が来たら、大きな噴火があったら...? 権利のみを享受するのではなく、自分を、そして自分の周りの人々を守る責任も同時に果たさなければならない。

「我々の目的は、知らないことに出会い、心を動かし、思考を巡らせ新たに記憶をしてもらうことである。...一人でも多くの人に、我々が経験したこと、我々が気づいてしまったことを共有してほしい。そして大切な人が暮らす未来を守ってほしい」

この美術館に訪れる人々の未来への希望を込めて、
最後に静かにそう述べた。

◎気仙沼観光協会 : http://kesennuma-kanko.jp/ 

◎リアスアーク海岸 : http://rias-ark.sakura.ne.jp/2/ 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?