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【論文紹介】カナダでのPA(片親疎外)の扱い、司法の現状について。

はじめに

片親疎外は共同親権の国でも世界中で問題になっている現象です。
今回紹介するのは2023年にカナダでJennifer Harmanらによって発表された「虐待とPAに関する16年間の司法判断におけるジェンダーと子の監護の結果」というタイトルの論文になります。非常に興味深い内容なのでぜひ原文も一度読んでみてください。このノートではこちらの論文のまとめと個人的な感想を加えてみていきます。
長々と本文の要約を書いていますが、結論から先に書くとアメリカなどの立法府でも科学的根拠に基づかないジェンダー論を元に法律が定められており(通称「ケイデン法」など)、その法律の策定のため引用された論文の主張が本当に正しいのかということを、いくつかの仮説を統計学的手法評価するという方法で検討しました。その結果、統計学的有意差はほぼなかったという結論になっています。
もちろんこの結果も重要なのですが、こちらで用いられているデータにも個人的には注目しています。今後共同親権を導入する我が国にとっても参考になる面はあるかと思います。論文は下記より。

Gender and child custody outcomes across 16 years of judicial decisions regarding abuse and parental alienation 
Children and Youth Services Review  Volume 155, December 2023, 107187

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0190740923003833#b0095

【導入】 以下本文直訳です。(長いので斜め読みでも良いです…)

英語圏での法廷ではこれまで200年以上に渡って片方の親がもう片方の親から子を引き離すことを扱ってきた。(Lorandos, 2020a; Joshi, 2021)。過去77年間にわたってPA(片親疎外)に関する質的、量的科学的証拠が蓄積されてきたにも関わらず、PAの概念の科学的妥当性について論争があると主張する学者もいる。また、多くの非科学者や保護者擁護者は、フライ(米国)、ダウバート(米国)、モハン(カナダ)の基準では、PAは科学的に認められた構成概念として法廷では認められないと、さまざまな非学術的出版物で主張している。このような「結論」の繰り返しは、査読付き研究の実際の科学的知見を混同しており、そのうち40%は2016年以降に生み出されたものである。
しかし、3500件を超えるアメリカの控訴審判決を検証したところ、2018年までに公表された1181件の控訴審判決において、PAは「訴訟手続に重要であり、重要な事実を証明し、裁判所の審議に関連し、証拠能力があり、議論に値する。」と言われている。もうひとつの議論としてPAは片方の親がもう片方の親を疎外するために戦略的に虐待の申し立てを行うことに関連している。
新たな主張は、裁判所が一貫して母親や両親の虐待の主張を「信用しない」ために、家庭を破綻させてきたというもので、裁判員たちは、子供を「守ろうとしている」と主張する親による虐待の主張は常に信じるべきだという主張に苦慮してきた。
こうした主張の根底には、虐待をする父親が自分に対する虐待の申し立てから逃れるための法的防御としてPAが考案されたに過ぎないという主張に反映されるように、裁判所には母親と子どもを傷つけているジェンダーバイアスが蔓延しているという前提がある。虐待の潜在的被害者としての父親についての言及はない。このような主張をする人物による報告書や公開プレゼンテーションは、法律や公共政策に影響を与えている。 
例えば、2022年3月の女性に対する暴力防止法の再承認では、''Kayden's Law''とも呼ばれるTITLE XV-KEEPING CHILDREN SAFE FROM FAMILY VIOLENCEの中で、米上院法案S 3623のセクション1502に「FINDINGS」が記述され、そこには3つの例示的なパラグラフが含まれていた:
PP (6)。実証的研究によれば、裁判所は、子どもの身体的および性的虐待の申し立てが子どもの親権訴訟で提起された場合、定期的にその申し立てを割り引く。裁判所は、父親が子供の身体的・性的虐待を行ったという主張の1/4以下しか信じていない。虐待を受けたとされる親が、母親が子供を「疎外した」と主張するケースに関して、裁判所は父親による性的虐待の主張51件中1件しか信じなかった。
PP (7)。経験則に基づく調査によると、虐待をしたとされる、あるいは虐待をしたことが知られている親は、裁判所から親権を認められたり、保護されていない子育て時間を与えられたりすることが多い。児童虐待を行ったとされる親の約1/3は、虐待を報告した保護親から第一親権を奪っており、子どもは継続的な危険にさらされている。

PP (9)。母親に対する虐待の申し立てを、父親を弱体化させるための虚偽の試みである可能性が高いとして扱う科学的に根拠のない理論は、親子に対する虐待の報告を最小限に抑えたり否定したりするために、家庭裁判所で頻繁に適用されている。(女性に対する暴力禁止法、2022年、306-307頁)。

<導入 小括>

これを読むとPA自体の概念は昔から多くの人に認められていたけど、恐らく学術的でないところで一部の人が騒いでいるという構造なのでしょう。
アメリカの裁判所でも「証拠として重要である」と評価しているようですし、PAは実際に北米の司法では重要視されているようではありますね。
そして、学術的審査を受けていない研究結果を元に司法ではここで説明されていた通称「ケイデン法」のように「司法にはジェンダーバイアスが存在している」とか、「母からの虐待の訴えは軽んじられている」といった文言が法律の中にも入ってしまっているようですね。(この辺は我が国と完全に一緒ですね。批判する人たちがいるだけマシですけど…)。
結局、共同親権が導入されたとしても、利己的に子供を囲い込みたいために片親疎外を試みたり、虚偽DVなどを主張する親と本当に被害に遭っている親子をエラーなく区別することに先進国でも苦慮しているようです。

【方法】 

2004年から2020年にかけてカナダでのWestlawNext Canada Family- Sourceデータベースを用いて、「家庭内で少なくとも1人の子供にPA」が認められたとする判例4,889例のうち500例を選択した。リサーチ担当者は研究の目的や仮説を知らされないまま、6つの仮説について統計学的に有意かどうか検討した。

H1:母親が父親の父権を損ない、子どもを疎外していることが判明した場合、母親は父親よりも養育時間を減らされ 、子どもの親権を失い、敗訴する可能性が高い。
H2:家庭裁判所で母親が家族内虐待を主張し、父親がその母親によって子どもたちから疎外されていると判断された場合、父親が虐待を主張し、母親がPAを行ったと判断された場合よりも、母親による虐待の報告は根拠がないと 裁判所によって判断されることが多くなる。
H3:GAL(Guardian Ad litem:訴訟後見人)または親権評価者 / 査定者が事件に関与した場合、母親は父より育児時間が減少するか、すべての親権を失うことが多い。
H4:母親が児童虐待と性的虐待の両方があったと主張し、 その一方または両方が立証された場合、同じ主張をする父親よりも、育児時間を減らされたり、すべての権利を奪われたりするペナルティを受ける可能性が高い。
H5:母親による根拠のない虐待の申し立てが多いほど、父親が子育て時間を減らされたり、親権をすべて失う可能性が高くなる。
H6:父親は母親よりも疎外された親になる可能性が高い。

【結果】 


裁判の分類は下記の通り。別居、離婚からの日数は70〜7,704日と幅があった。また、29件を除くすべてのケースで養育計画変更の申し立てがあった。


表2は親や子の背景。疎外親は母が多かった(64.4%)という結果。ここで特筆すべきなのは、虐待の申し立ては47.6%と約半数しかなかったということ、その中でも実際に虐待が立証されたケースは35例(全体の7%) しかいなかったということ。

判決前後で疎外親が単独親権者であった場合、母(51.5%→45.0%)、父(21.8→20.0%)であった。ただこちらは統計学的な有意差はなし。


表4では虐待の申し立ての特徴を示している。複数申し立てもあったので500件を超えていた。第三者からの申し立ては少なかった。そして、申し立てにより疎外している親にその後悪影響の判決がでたケースは30.1%であった。

実際に申し立てられた裁判の結果は、以下の通り。根拠のない申し立ての多くが実際には虚偽であったにも関わらず、さまざまな理由でそのように表記されなかった可能性がある。例えば筆者らは、CPS調査の結論は虚偽の可能性があっても「未検証」とされるのが一般的であったり、告発者が故意に虚偽の申し立てをしているわけではないと判断されたり、捜査官が告発者に不利益を与え、将来の真の申し立てを阻害したくないと考えていたなどの理由が考えられるとしている。虐待が立証されたのは350件中わずか36例(10.3%)であった。(虐待は35例では?と思ったが本文にそう書いてある…)

【仮説に対する検証】

ロジスティック回帰分析、カイ二乗検定などで父母における統計学的有意差を検討したが、ジェンダーによる司法の差別的判決はほぼ認めなかったよう。

H1に関しては疎外親の養育時間の減少は性差なく、減少した割合もわずかであった。192人(20.9%)の疎外親は、裁判によって親権を失った。疎外母は322人中77人が親権喪失し(31.4%)、疎外父は170人中26人(18.1%)であり、こちらは有意差ありで母のほうが親権を失っていたが、統計モデルの効果は非常に小さかった。(ちなみに私はあまり理解できていません。統計に詳しい方補足あればお願いします。)

表3をみると、H5においては性差はなくとも虚偽の申し立ての場合、単独親権者の変更、共同親権の減少が見られたように見えるが、統計学的有意差はでないもしくは出ても効果が小さい、データが統計モデルに適合しないなど。同様にH2〜5も有意差なし。
H6のみ有意差がでた。(この辺はぜひ本文をご参照ください。)
米国での検討でも疎外親の75%が母だったよう。
これについて著者らは、上告審では経済的負担がさらにかかるので父からの申し立てが多い可能性がある、父は母より偏見の目にさらされている可能性が高いので上訴が正当化されるケースが多い、疎外された母は諦めたり、裁判外で和解するケースが多い、もしくはDV被害者と認識しているため、このシリーズには登場しなかったなどの理由を挙げている。

【この論文での制限】

この論文でのリミテーションは、以下の項目が挙げられている。
・片親疎外されている子の疎外頻度や期間、実親以外の人物の関与などは検証されなかった。
・コード化されなかった多くの要因が関与している可能性がある。
・実際に虐待が認められた例が少なかったため、いくつかの統計モデルで性差を検出する検出力が低くなった可能性があった。(しかし、サンプル数が多ければこの問題が解決できたかと言えば疑問であると著者らは主張している。)

結果のまとめ、個人的感想

先進国での共同養育割合

まず思ったのが、2000年代初頭の例も含まれているのを考慮しても裁判例では単独親権例が多いということです。一説によるとカナダの離婚では約50%が裁判所を利用すると言われていますが、2000年に出ているカナダの統計によると1994-1995年の裁判所の決定では母単独親権が79.3%、父単独親権が6.6%、身体的共同監護12.8%、その他1.2%となっており、この頃はまだまだ共同養育は浸透していなかったようですね。下記参照

しかし、2017年になると身体的共同監護は28%、法的共同親権は66%と年々増加傾向であります。

また、スペインでも2009年から2011年にかけてEPT法(Equal Parenting Time)が制定され、人口の40%に当たる州で50:50の共同養育をする法律が制定されているように、共同親権導入自体はどの国もおよそ40〜30年前ですが、実際50:50に近い監護割合に近づいてきたのはここ10年ちょっとくらいの印象です。ジェンダーによる伝統的な家庭における役割分担などの見直しが日本でも少しずつ起きてきてはいますが、実は世界の潮流からはそうかけ離れていないのではないかなとこの論文をみてなんとなく思いました。
もちろん日本の単独親権制度の異常さは語るまでもないですが。
ただ、いろいろ調べるとカナダではそもそも共同養育の定義が「40%以上の時間を子と過ごすこと」になっているので単独監護となっている例でもさすがに日本よりは高頻度での親子交流があることが想定されます。

片親疎外について

そして一部には「片親疎外は科学的根拠のない出鱈目だ」とか「裁判で有利にしたいがために都合よく使われる言葉だ」という人はいますが、やはりカナダやアメリカなどの北米ではその存在は裁判においても重要な要因で、しっかり認定してくれる第三者がいるということですね。
今回の結果では、表には出ていませんでしたが、PAを認定したのは、158例が裁判所、238例がセラピスト、心理学者、精神科医、104例が監護評価者、ソーシャルワーカー、GAL、21例がその他となっています(500を超えていますが、相違があった部分もあってのことだと思います)。
日本でもこれらの分野における専門家の育成が喫緊の課題かと思います。
そして、日本では相手を子供から遠ざけたいときには虚偽DVがよく使われますが、カナダでも同様のようです。ただ、PAが認められたうち、虐待の申し立てがあったのは47.6%と約半数しかいませんでした。
これは、疎外している親に悪影響となる判決が出た例が30.1%あったことからも、虚偽による虐待の申し立ては、それが立証されなかった場合、自分の親権が制限されるリスクがあるから、リスクリワードを考えてやらない人もいるということなのでしょう。PAがあると認定された今回の対象の中で実際に虐待があったと立証された例は35例(全体の7%、虐待の申し立てがあった中では約10%)、なのでほとんどがやはり虚偽でした。
そして民事に申し立てている場合は虐待が立証されたケースは10%で、刑事の場合は31.5%というところもnは少ないですが、興味深い点です。
これもリスクリワードの観点から考察すると、恐らく刑事事件までいくと完全に嘘だった場合に親権制限だけでなく、虚偽告訴罪などで自分が刑事罰対象となるリスクもあるので、そこまで行くケースだと嫌がらせとかではなく、流石に本物が多くなってくるのだと予想しています。
ちなみに本文中ではオーストラリアでも同じくらい虚偽の申し立てがされていると報告されています。(引用論文はアブストしか確認できませんでしたが…)

https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.5172/jfs.327.14.2-3.254

日本において

日本においては、虚偽DVは専門機関での認定すらなく、やったもん勝ちで、嘘だと証明する機会も与えられず、裁判で認められなかったとしてもなんのお咎めもないというところがかなり問題だと思います。
ノーリスクでメリットがあれば、そりゃあやる人はやります。
2024年3月に提出予定の法務省要綱案では、「父母は互いの人格を尊重しなければならない」という文言が入るようですが、これがどれほどの効力をもつか現時点では不明ですが、フレンドリーペアレントルールのように機能してくれることを祈ります。ルールの制度上、フレンドリーでなく、敵対親が得をするというルールは変えないと秩序が乱れ、対立が激化すると思っています。
また、裁判所のマンパワー不足が叫ばれていますが、虚偽DVに親権制限などの罰則を設けることと両者に監護分担をある程度担保することによって、件数自体は激減すると思っています。
そのためには高頻度の親子交流の算定表、破った場合の罰則が不可欠です。
共同親権になっても、片方が年間の90%以上の時間を子供と過ごせて、もう片方が月1回しか会えないのではやはり争いはなくなりません。最低でも子供との時間を30〜40%確保することによって初めて担保としての効力を発揮すると思っています。
自分を親権者として有利にして相手から親権を奪いたいといった虚偽DVはこの2点を改革することによって恐らく激減しますし、件数が減ることによって時間的余裕もでき、本物の暴力事件の精査の精度が上がることも期待できます。
しかしながら、この論文でも述べられていたように虚偽DVを取り締まることによって、本物の暴力被害者が萎縮していまうという懸念もあるため、区別の精度を上げる必要があって、そこはまだ共同親権先進国でも解決していない問題なのでしょう。今回の論文の中でも、明らかに虚偽と判定した例が少なかったのもその辺の配慮が伺えます。個人的には、家庭内での暴力事件の真偽は基本的には密室での出来事であることと、最終的には人間が判断するということからも、100%エラーを無くすことは不可能だとは思っています。ただ、それがエラーをなくす努力をしない理由にはならないので、極力エラーを減らす努力は続けるべきでしょう。

まとめ

PAは200年以上前から英語圏の法廷では存在していて、裁判所では現在も、自分の権利を拡大したいという理由に基づく虚偽の申し立てと本当の暴力の被害者との区別に苦慮しています。
そして、アメリカでは、「母の虐待の訴えは軽んじられやすい」とか「母の訴えが虚偽であった場合、親権を制限されやすい」といった言説がありましたが、この論文ではその根拠を統計学的に証明できませんでした。
片親疎外には大義名分が必要なので、虚偽DVや虐待などをでっちあげる例などが多々ありますが、こちらは有効な罰則を設けることによって初めて減るだろうということが予想されます。裁判所の負担を増やしたくないなら制度自体の争点を少なくさせることもコツのひとつかと個人的には思っています。
以上長文でしたが、なにか間違い等ありましたら修正しますので是非お伝えください。


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