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ポジティブVSネガティブ、犬も食わない喧嘩

 唐突に書きたくなった。
 「男が女に勝てるわけがない」、そういう話を。

 アラサー社会人のムラサキには、同じ会社に勤める少し歳上の恋人がいる。ネガティブで陰気なムラサキとは対照的に、ポジティブで天真爛漫な女性である。性格がまるで違う2人は、つまらないことでいつも喧嘩ばかりしている。

「おはようムラサキくん! 良い天気だね!」
「……カーテン開けないで……陽の光を見たくない」
「はぁー!? だって今日は土曜日だよ? 1週間にたった2日しかない休日! しばらくは連休もないし、折角晴れてるんだしさ、どっか行こうよ、ねえねえ、気分転換に!」
「転換したところで僕がネガティブなのは変わらんだろ。それより暗黒と静寂をくれ」
「厨二病かよ!」
「頼む、2時間でいいから」
「ええー、午前中終わっちゃうじゃん! 折角の休日なのに勿体ない、起きてよー!」
「無体なこと言わんで、これガチのやつだから」
「だってムラサキくん仕事しかしてないじゃん。何で疲れることがあるわけ?」
「(ビキッ)……その仕事が嫌なんだ、何回も言ってんだろ」
「何で? 行ってやることやって帰るだけじゃん? 何がそんなに疲れるの?」
「(ビキビキッ)……本当は行きたくもねーんだよ」
「そんなに嫌なら転職すれば? 私だって、これ今までに何回も言ってるよね?」
「(ブチッ)うるせぇな、この話は終了。ついでに僕らもこれにて終了だ。次は価値観の合うやつを探せ」
「えっ何、何で怒ってんの? 私何か間違ったこと言った?」
「黙れ。寝かせろ。この部屋から出ていけ」
「はー!? 心配して来てやったのに意味わからん! ムラサキくんの悪い癖がまた始まった! もう知らない、浮気してやる!」
「好きにしろ。僕もヤるだけならうるさくない女のほうがいい」
「バーカ! もう知らない!」

(彼女が去った後)

「やべえ、言いすぎた。気になって眠れねぇ。何で僕がこんな目に……元はといえば、あいつが休日にアポなし凸してくんのが悪いんじゃねぇのかクソ。
 つーか寝れん……どうしてくれんだ……」

(月曜日)

「おはよームラサキくん!」
「あ? ああ、おはよう」
「何その眉間の皺! まだ怒ってんの?」
「いや、別に怒ってはねーよ。疲れてるだけ」
 (つーかこいつは怒ってねーのか?)」
「あんなに寝たのにまだ疲れてんの?!」
「……(寝てねーわアホ、お前のせいだ)」
「はぁ……自責の念で眠れなくなるくらいなら、初めから暴言なんて吐かなきゃ良かったでしょうに」
「な、何で分かった?」
「顔がそう言ってる」
「……」
「ねー、ところでさぁ……謝って?」
「は? 何を?」
「何をじゃないでしょ? 出ていけとか、うるさくない女とやりたいとか……私めっちゃ傷付いたんだよ? ちゃんと謝ってくれなきゃ許してあげられないなぁ」
「(なんか微妙にニュアンスがねじ曲がってる件)
 でもそれは、元はと言えば……」
「何、私が悪いの?」
「(うわめんど、これ謝んねーと一生続くやつだ)
 ……ごめん」
「心がこもってない! もう一回!」
「ごめんってば」
「うーん……なんか投げやりな感じだね。本当は自分が悪いなんて欠片も思ってないんでしょ?」
「(頼むからそこは突っ込まないでくれ……)
 いや、そんなことはない」
「ふーん? まいっか。次の土曜日、ムラサキくんの運転で海に連れていってくれたら許してあげる」
「条件増えてんぞ。謝れば許すんじゃねーのかよ」
「そんなこと言った覚えはないよ? 昨日買ったばかりの新しいビキニ、見たくないの?」
「(見たい)見たい」
「でしょ? ムラサキくんが好きそうな、めちゃくちゃセクシーなやつ(満面の笑み)」
「(見たい)見たい」
「そうでしょ? だから来週こそ、私のことちゃんと構ってね? お願いだよ?」
「……ごめんて。本当に悪かったよ」
「やっと心底反省してくれた! じゃあまた来週ね!」
「……(クソ、まんまと言いくるめられた。性欲に逆らえない自分が悲しい)」
「あっそうそう、私の方もごめんね? ムラサキくんはいつも頑張ってるのに、「仕事してるだけ」だなんて、私も結構ひどいこと言ったよね。
 辛い時は、有給とって休んじゃいなよ。どうせ余りまくってるでしょ。そんで、土曜日は2人で思いっきり楽しもうよ。ね、ムラサキくん?」
「お、おう……」

(彼女が去った後)

「あいつには勝てる気がしねーな(満面の笑み)」

(スマホを取り出し、電話をかけ始める)

「……もしもし、あ、係長。朝から失礼します。申し上げにくいのですが、今日は朝から胃の調子が悪く……ええ、そうなんです……はい、そうですね、出来れば本日1日お休みを頂けないものかと……あ、よろしいですか。急な話で大変申し訳ありません、ご心配を……いえ、あの…………ご心配をおかけして申し訳ありません……はい……ええ、失礼します」

(電話を切り、晴々とした顔で、来た道を歩いて戻り始める)

「とりあえず、帰って寝よう。起きたら久々にビデオ屋でAVでも物色しよう」

(ムラサキの頭は、恋人のビキニ姿のことでいっぱいになっている)

「早く土曜日にならんかなぁ」

(ムラサキ、帰りの電車の中で、中吊り広告のグラビアを見ながら舌なめずりをする)


(了)

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