ないものを手放せたとき、失ったものが現れるのかもしれない
vol.71【ワタシノ子育てノセカイ】
人は悲劇に見舞われると何かを責めたくなる。自分の心を保つために。
とにかく責める先を探し、見つけたら叩きまくる。自分の枯渇を相手の足りなさと勘違いして、醜い塊と一緒になろうとするんだ。嫌な自分をどうしても隠したくて。
憎悪で未来は創れない。世界を創造するのは、きっと希望だけなんだ。
◇
ところで私には「実子誘拐」で6年間離れて暮らす、10代のふたりの息子がいる。
◇
2024年2月19日月曜日。インフルエンザで学級閉鎖だったらしい週が明ける。
私はちょっと緊張しながら次男ジロウとの密会交流に向かった。マスクをしたジロウが歩いてくる。残念ながら私の思い込みは、間違いなく思い込みだったようだ↓↓
「インフルエンザでめっちゃしんどかった」とジロウは虚ろな目で教えてくれるから、今の体調を尋ねると「眠たい」と呟く。助手席に乗り込んでマスクを外すと、ぽっちゃりした頬が少しスッキリしていた。
実子誘拐からの7年以上、ジロウは病気の夜をいくつ過ごし、何を感じて生きてきたんだろうか。
◇
頭ごとシートにもたれ掛かかって、ジロウはぼんやりとフロントガラスの向こうを眺めている。
罹患中は父方の実家にずっと滞在したうえ、病気明けの久しぶりの学校。いろいろと日常がブレすぎたんだろう。かといって私の元で療養したとて、今や他人の家みたいなもんだし、そもそも日常の選択肢に「母親」はない。
失った親子時間は、年月を重ねるほどに、どんどん際立ってくる。
際立ちに気づいたのは、母子の引き離しから5年くらい経った時期だったかな。過ぎ去った時間を確かに理解しているのに、タロジロはずっと8歳と5歳のままなんだ。
曖昧に喪失した大切な人との時間は、穴が開かないから埋まりようがないんだろう。子どもたちは消えたわけじゃなくて、明らかに生きているんだから。実子誘拐後の1-2年は、穴ができちゃって苦しいのかと勘違いしていたんだ。
ジロウが眺めるフロントガラスの向こう側が、親と子がだた親子でいられる世界だったりしないかな。
◇
学級閉鎖の一週間を振り返ってくれるジロウのおかげで、不鮮明な情報による不安がどんどんしぼんだ。だけど反比例して、自分の無力さに覆いつくされそうになる。
ジロウに謝りたいけど、謝るとジロウを困らせそう。どういう言い回しがいいのかまとまらないまま、時間だけが過ぎていく。次回があるとも限らない。とにかく伝えなければ。
「ジロウがしんどい時やつらい時は、お母ちゃんはずっとジロウのそばにいたいし、力になりたいと思ってんで。もう慣れてるかもやけど、もし寂しい想いをさせてたらごめんな」
真正面を見ていたジロウが、運転する私の左頬にチラッと目をやる。いつもみたいに首をすぼめて、太陽みたいな顔をする。
大きなガラスで隔たれた向こう側の世界が、いつのまにか、私たちの背中向こうの風景になっていた。
◇
2月21日。「お母ちゃん、買い物連れてって」とタロウから3学期初のLINE通話がくる。どうやらクラッカーが欲しいらしい。運転手の命をうけた私は、ウキウキしてお迎えに向かった。
到着してしばらくすると運転席からタロウの姿を確認。後部座席に向かう気配をみせたから、私は慌てて大きく身振り手振りをして、助手席のドアを開けるように促す。バタバタする母を見つけたタロウは、浅くエクボをつくって、右へゆるりと方向転換をした。
助手席のドアがぱたんと閉まる。「友達の合格祝いするねん!お母ちゃんと一緒のクラスやで!」とウキウキする普通の中学生が乗り込んできた。
お友達の合格を興奮して話すタロウから、そういや息子の併願校の合否をまだ知らないと私は気づく。尋ねてみると「わからん問題出たで!」と斜め上からの合格報告がきて、信号待ちの車内に私たちの笑い声がこだました。
タロウは深いエクボで受験日の思い出にも花を咲かしてゆく。「お母ちゃんあんな、試験よりも帰りの満員電車がヤバかってん!」。運転する私の横で、さも昨日のことのように、11日前の受験について、お喋りがはじまった。
実子誘拐からタロウは7年以上、自分の出来事をついさっき体験したみたいに、いつも私に教え聞かせてくれるんだ。
失った親子時間がなかったかのようにして。
◇
クラッカーをふたりで選び終わってお店をでると、タロウは真っすぐに助手席へ向かった。そしてお友達の家に着くと、ドアを開けて、ばたんと閉めて、出ていった。
ひとりになった車のリアガラス越しに、歩いてゆくタロウの背中を見つめる。どう見ても15歳の中学生。息吐いて、ギア入れて、アクセルを踏んだ。
お買い物当初、タロウはお友達の家まで自転車で行く予定にしていたらしい。だけど雨降りだったので私が送迎を提案。タロウはなぜかものすごく悩み、返事を一転二転させて送迎を選び、帰りのお迎えの時間も指示してくれた。
1時間半後を楽しみに、車から私も下りて仕事に戻る。1時間後、タロウからLINEがきた。「お迎えこんでも大丈夫やで」。
時計に目をやるといつもの留守番の時間は過ぎていて、薄暗くなった空を窓越しからのぞくと雨もやんでいた。
◇
お買い物が終わった車内にて。時間単位の天気予報とにらめっこして、自転車での移動を迷いながら、タロウは私へ質問をしてきた。
お母ちゃん、パラパラとポツポツってどっちが強い雨なんかなぁ。
答えがでぬまま、2人であれこれ想像するうちに、話はどんどんそれていく。
オノマトペで雨の表現っておもろいなぁ。海外の人には激ムズちゃう?たしかに!いやまて!そもそも日本語やで日本人向けやろ。そらそやな!ん?でもタロウもお母ちゃんも理解できてへんがな!
ケラケラと母子の声が響く車内。
天気予報のアプリも、雨も、受験も、自動車も、私たち親子の思い出を作るために、この世にあるに違いない。
◇
病み上がりの11歳ジロウと謝る私は、いつもの川土手を車で走る。太陽みたいな顔したジロウが、ちょっと得意げに話しだした。
泣きそうになってもジロウは我慢できるで。大きくなってんねやから、感情はコントロールすればええやろ。そしたら涙はでやへんやん。
ジロウよりずっと大きい私が、コントロールできずに涙がこぼれそうだ。小さいときは泣いていたのかジロウに尋ねてみた。
小さいときは感情をコントロールできへんやん。涙は勝手にでてくるから仕方ないやろ。小さいころは難しいもんやねん。
成長するタロジロが、希望に満ちて眩しいのに、なんで私はこんなにも、涙が溢れてしまうんだろう。
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