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ないものを手放せたとき、失ったものが現れるのかもしれない

vol.71【ワタシノ子育てノセカイ

人は悲劇に見舞われると何かを責めたくなる。自分の心を保つために。

とにかく責める先を探し、見つけたら叩きまくる。自分の枯渇を相手の足りなさと勘違いして、醜い塊と一緒になろうとするんだ。嫌な自分をどうしても隠したくて。

憎悪で未来は創れない。世界を創造するのは、きっと希望だけなんだ。

ところで私には「実子誘拐」で6年間離れて暮らす、10代のふたりの息子がいる。

2024年2月19日月曜日。インフルエンザで学級閉鎖だったらしい週が明ける。

私はちょっと緊張しながら次男ジロウとの密会交流に向かった。マスクをしたジロウが歩いてくる。残念ながら私の思い込みは、間違いなく思い込みだったようだ↓↓

「インフルエンザでめっちゃしんどかった」とジロウは虚ろな目で教えてくれるから、今の体調を尋ねると「眠たい」と呟く。助手席に乗り込んでマスクを外すと、ぽっちゃりした頬が少しスッキリしていた。

実子誘拐からの7年以上、ジロウは病気の夜をいくつ過ごし、何を感じて生きてきたんだろうか。

頭ごとシートにもたれ掛かかって、ジロウはぼんやりとフロントガラスの向こうを眺めている。

罹患中は父方の実家にずっと滞在したうえ、病気明けの久しぶりの学校。いろいろと日常がブレすぎたんだろう。かといって私の元で療養したとて、今や他人の家みたいなもんだし、そもそも日常の選択肢に「母親」はない。

失った親子時間は、年月を重ねるほどに、どんどん際立ってくる。

際立ちに気づいたのは、母子の引き離しから5年くらい経った時期だったかな。過ぎ去った時間を確かに理解しているのに、タロジロはずっと8歳と5歳のままなんだ。

曖昧に喪失した大切な人との時間は、穴が開かないから埋まりようがないんだろう。子どもたちは消えたわけじゃなくて、明らかに生きているんだから。実子誘拐後の1-2年は、穴ができちゃって苦しいのかと勘違いしていたんだ。

ジロウが眺めるフロントガラスの向こう側が、親と子がだた親子でいられる世界だったりしないかな。

学級閉鎖の一週間を振り返ってくれるジロウのおかげで、不鮮明な情報による不安がどんどんしぼんだ。だけど反比例して、自分の無力さに覆いつくされそうになる。

ジロウに謝りたいけど、謝るとジロウを困らせそう。どういう言い回しがいいのかまとまらないまま、時間だけが過ぎていく。次回があるとも限らない。とにかく伝えなければ。

「ジロウがしんどい時やつらい時は、お母ちゃんはずっとジロウのそばにいたいし、力になりたいと思ってんで。もう慣れてるかもやけど、もし寂しい想いをさせてたらごめんな」

真正面を見ていたジロウが、運転する私の左頬にチラッと目をやる。いつもみたいに首をすぼめて、太陽みたいな顔をする。

大きなガラスで隔たれた向こう側の世界が、いつのまにか、私たちの背中向こうの風景になっていた。

2月21日。「お母ちゃん、買い物連れてって」とタロウから3学期初のLINE通話がくる。どうやらクラッカーが欲しいらしい。運転手の命をうけた私は、ウキウキしてお迎えに向かった。

到着してしばらくすると運転席からタロウの姿を確認。後部座席に向かう気配をみせたから、私は慌てて大きく身振り手振りをして、助手席のドアを開けるように促す。バタバタする母を見つけたタロウは、浅くエクボをつくって、右へゆるりと方向転換をした。

助手席のドアがぱたんと閉まる。「友達の合格祝いするねん!お母ちゃんと一緒のクラスやで!」とウキウキする普通の中学生が乗り込んできた。

お友達の合格を興奮して話すタロウから、そういや息子の併願校の合否をまだ知らないと私は気づく。尋ねてみると「わからん問題出たで!」と斜め上からの合格報告がきて、信号待ちの車内に私たちの笑い声がこだました。

タロウは深いエクボで受験日の思い出にも花を咲かしてゆく。「お母ちゃんあんな、試験よりも帰りの満員電車がヤバかってん!」。運転する私の横で、さも昨日のことのように、11日前の受験について、お喋りがはじまった。

実子誘拐からタロウは7年以上、自分の出来事をついさっき体験したみたいに、いつも私に教え聞かせてくれるんだ。

失った親子時間がなかったかのようにして。

クラッカーをふたりで選び終わってお店をでると、タロウは真っすぐに助手席へ向かった。そしてお友達の家に着くと、ドアを開けて、ばたんと閉めて、出ていった。

ひとりになった車のリアガラス越しに、歩いてゆくタロウの背中を見つめる。どう見ても15歳の中学生。息吐いて、ギア入れて、アクセルを踏んだ。

お買い物当初、タロウはお友達の家まで自転車で行く予定にしていたらしい。だけど雨降りだったので私が送迎を提案。タロウはなぜかものすごく悩み、返事を一転二転させて送迎を選び、帰りのお迎えの時間も指示してくれた。

1時間半後を楽しみに、車から私も下りて仕事に戻る。1時間後、タロウからLINEがきた。「お迎えこんでも大丈夫やで」。

時計に目をやるといつもの留守番の時間は過ぎていて、薄暗くなった空を窓越しからのぞくと雨もやんでいた。

お買い物が終わった車内にて。時間単位の天気予報とにらめっこして、自転車での移動を迷いながら、タロウは私へ質問をしてきた。

お母ちゃん、パラパラとポツポツってどっちが強い雨なんかなぁ。

答えがでぬまま、2人であれこれ想像するうちに、話はどんどんそれていく。

オノマトペで雨の表現っておもろいなぁ。海外の人には激ムズちゃう?たしかに!いやまて!そもそも日本語やで日本人向けやろ。そらそやな!ん?でもタロウもお母ちゃんも理解できてへんがな!

ケラケラと母子の声が響く車内。

天気予報のアプリも、雨も、受験も、自動車も、私たち親子の思い出を作るために、この世にあるに違いない。

病み上がりの11歳ジロウと謝る私は、いつもの川土手を車で走る。太陽みたいな顔したジロウが、ちょっと得意げに話しだした。

泣きそうになってもジロウは我慢できるで。大きくなってんねやから、感情はコントロールすればええやろ。そしたら涙はでやへんやん。

ジロウよりずっと大きい私が、コントロールできずに涙がこぼれそうだ。小さいときは泣いていたのかジロウに尋ねてみた。

小さいときは感情をコントロールできへんやん。涙は勝手にでてくるから仕方ないやろ。小さいころは難しいもんやねん。

成長するタロジロが、希望に満ちて眩しいのに、なんで私はこんなにも、涙が溢れてしまうんだろう。



2018年2月実子誘拐から2ヶ月目
3回目の面会交流
公園以外の移動禁止を吹っ飛ばし
キャッキャと砂遊びするタロジロ

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