見出し画像

中央_1

水曜、平日ど真ん中の午前十時。
ワンルームに無理やり押し込んだ、お気に入りのソファに寝転んで、天井を仰ぐ。

青山の大通りを入ってすぐにあった、今はもうシャッターを下ろしている家具屋さんで一目惚れをしたソファ。
ダークグリーンに染められた合皮が、レースカーテンを通した太陽光を僅かに浴びて艶やかな表情を見せる。

本当ならば今日は出勤予定だったが、数日前有給を取った。有給をいつでも好きなタイミングで取れる会社は多くないと聞く。私のわがままを受け入れてくれる、優しい会社だ。甘いわけでは無く優しい、だから私は辛くても面倒でも今の会社に貢献したいなと思う。

思い立ったように有給を取ったが、特別な用事があるわけではなかった。
昨晩アラームをかけずに布団に潜ったら、普段より一時間多く寝た。ベッドから出てすぐ、何も考えず昨日焼いたのに食べなかったベーコンエッグを口に運ぶ。そこからまた、特に何を考えるわけでも音楽を聴く訳でも無く無心でケーキを作り始めた。

ショコラチーズスフレケーキ。名前のままのケーキで、ココアパウダー、クリームチーズを混ぜて焼いたものだ。
チョコとチーズはなぜこんなにも合うのだろう。作るときのポイントは、焼く際に天板に張る水はきっちり沸騰させておくこと。熱いお湯なのか常温水をそのまま使うのかで、口に入れたときのシュワシュワ加減が僅かに変わる。

年度が変わってからこのケーキを焼くのは3回目だ。

1・2回目は自分のために。今日焼いている3回目は、恋人のために。
恋人の誕生日が先週の日曜だった。土日は何かと忙しく後回しにさせていただいたので、遅れた誕生日プレゼントとして渡すつもり。

ちなみにこのケーキは彼のリクエスト。本当は気合を入れてフロマージュを作ろうと意気込み、既に材料は揃えていた。揃えた翌日に、あのスフレケーキが食べたいとLINEで伝えられた。

彼の誕生日プレゼントのためのケーキだ。リクエストに応えるしかないので、フロマージュ用のホワイトチョコレートは手で割って砕き、そのまま食べた。

今、ケーキを中央に置いた天板にお湯を張ってオーブンに入れたところだ。焼き時間は四十分。
焼き上がるのを待つこの時間が、大好きだ。
楽しみを待つ時間が好き。狭い部屋に美味しそうな香りが充満する。


今日は晴れのようで、外からの光が気持ち良い。ベランダにこれでもかと詰めた観葉植物たちが良い具合に照らされながら、風に乗って踊っている。外から聞こえるのは、アパート近くの公園ではしゃぐ子供達の声、車が通る音、スズメの鳴き声、風がそよぐ音。

平和だ、平和すぎる。


こんな平和なワンルームで思い出すのは、血を見たあの日の夜のことだった。

この記事が参加している募集

404美術館

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?