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SS:みな、深夜のコンビニには勝てない


コンビニエンスストアで350エムエルの缶ビール買って
君と夜の散歩 時計の針は0時を指してる

この時間にあの交差点に向かうとき、決まって聞く曲だ。

誰にだって自慢できるこの田舎では、星がよく見える。
星に見守られながら歩く25分、時たま私は何しているんだろうと思うけど、なんだかんだ好きでやっている節がある。
月はそっぽを向いているけど別にいいの、私は一つのお月様よりもたくさんの輝きを散りばめてくれている星たちの方が好きだから。

暗がりから、背丈があるグレーのポロシャツを着たシルエットが近づいてくる。
いつもの交差点に先に着くのは決まって私で、先に声をかるのも決まって私だ。

「おつかれさま。」
「おー、やっほー」

彼はマスクを外していた。
端正なお顔立ちが露わになっていていてほんの少し私の心が満たされる音が遠くから聞こえる。
マスクをひどく嫌う人だ。

1度目を合わせて、それから横並びになって歩く。
顔は合わせず、何ともない会話を始める。

たまに顔を上げると、目が合ったり合わなかったり。
ドキドキはしない、綺麗な二重だなあと思う。

「今日は飲み物にしようかなー」
いつもははしゃぎながら一緒にアイスを選ぶ。
「えーそうなの、俺はどれにしようかなー」
そう言いながら彼は今日もアイスボックスの中を前のめり気味で覗いている。

分かってたよ。私の選択に興味ないの。


月に3回程度、こうして彼の仕事終わりに私が彼の家の近くまで足を運ぶ。深夜に1時間弱話して解散、それだけである。
彼と付き合ってるわけでもないどころか、きっとお互い恋愛として好きなわけでわはない。


でもコンビニの前で並んでアイスを食べ終わってゴミを捨てまた同じ場所に横並びになって座る頃には、コンビニまでの道のりで存在していた私たちの間の距離は0になっている。
お決まりの流れだ。


その後も他愛のない話をする。彼は自称おしゃべりなので私は聞き専だ。男友達よりも落ち着いた男性の話をウンウンと聞くのが好きなので私はいつも聞き役。ひとつ、よく笑うことは心がけておく。男の子はよく笑う子が好きと聞いたからそうしているのが2割、本当に面白いのが5割、ただ単に私が笑い下戸なだけなのが3割の笑い声を小さく鳴らす。

好きではないけど心地良い。彼の存在が、ではない。深夜のコンビニの前でイケメンと身を寄せてるこの時間が心地良い。

初めて会った日の夜、陽気で優しいインド人が店員のカレー屋さんに行ったときにこう話してくれた。
「ブランドものなんてブランドものってわからないと意味ないでしょ。」
彼はまだ社会人3ヶ月目なのに、ベージュカラーの地に黒でBURBERRYと大きく記された鞄で出勤しているらしい。

その話を聞いた瞬間、一年前に会ったあの男を思い出した。
私がそのシャツかわいい、といいながら服の一部を撫でると
「ん、これ?Dior。」
「え〜!すごおい」
「ちなみにこれはPRADA、このブーツとサングラスケースはセリーヌだよ。」
「えぇ〜!すごおい」(2回目)
「何も言われなかったらこの鞄とか無印に売ってそうでしょ.そういう奴が好きなんだよね。」
「えぇ〜!以下略である。

いつかのセリーヌより、よっぽど目の前の彼の方が可愛くて元気があって良いなと思った。でもセリーヌ男も目の前の彼も自ら医療脱毛に通ってる話を前触れもなくしてきたから、もしかしたら彼もいつかセリーヌ男のようなことを言い出すのかもしれない。

まあそれでもいい。当時の私はセリーヌ男キモすぎwwと友人に話していたが、今の私が“無印っぽいPRADAのバッグ”の話をされても「かわいい〜」と思うだろう。そう言う見栄っ張りも愛しちゃうよ。だって私も恥ずかしいくらい背伸びしたがりさんだから。



昔のことを思い出していたら、つい相槌を忘れてしまっていたみたいで、アイスを食べ終わった彼が私の顔を覗く。
綺麗な顔が目の前にある。私は口をつけるだけのキスをした。
「甘いね」
こういうことを何も考えないで言えるようになった。

もう一度言うけれど、彼も私も、多分お互いのことが好きなのではなくこの時間が好きなのだ。彼は大分多忙なようで、友達も少なそう。一緒に住んでいるお父さんが社長を務める会社で働いているみたいだから、家と会社の往復には刺激が1ミリもないのだろうと勝手に思っている。

彼は何も言わず、またキスをしてくれ、見つめ合いながら少し微笑み合う。この瞬間には慣れず、いつだってくすぐったい時間だ。
私たちのスキンシップはこれが上限。

そしてキスが帰りの合図だ。
文字にしてみると素敵だね。

帰りはたまに手を繋ぐ、今日は繋がなかった。


「じゃあね」
「また会える時連絡して」
「うん、ありがとう」


眠い。家に着くのは1時半か。これでまた明日は早起きができないな。朝の5時半に起きなきゃ、気が済まないのに。
それでもこの夢うつつな時間に恋する気持ちは辞められない。


こんな関係いつまでも続かないだろうなと思いながら、私はイヤホンを耳にしてごめんに表示される▶︎を押す。彼に会ったときに止めたところから、再び曲が流れ始める。



街頭の下で君の影がゆらゆら揺れて夢のようで
ゆらゆら揺れてどうかしている


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