中央_2



封筒を開けると、そこにはホテルのカードキーのみ入っている。
装飾は何一つ施されていないけど、絶妙なクリーム色が上品さを出している封筒だった。

カードキーに刻まれたそのホテルの名前は、誰でも知っているようなホテルだった。勿論大学生の私は宿泊は愚か、ラウンジにだって足を踏み入れたことはない。

この封筒はご褒美、と言いながら年配の男性が私にくれたものだった。
守るべき自身とプライドが無い私は、後腐れない関係を好んだ。イケメンは好きだけど、何かと周囲が絡む。親からの愛を真に受けることが出来ず、友人もなんだかどこか信用できない。どんなにお天道様が張り切った晴れの日でも私の目に映る景色は霞んで見えた。悲しくも、心の頼りは紙切れのみだった。

だからと言って、紙を集めることや薄くて小さい冊子に記入された羅列する数字を眺めることを頼りに生きている訳では無い。

普通の大学生のように、大学の講義は半分以上寝ながらも惰性で受け続け、チェーン飲食店でアルバイトに励み、大勢のサークル仲間と飲んだり、恋人とドライブに行ったりした。

側から見たら、心が空っぽだなんてようには思えない、ありふれた大学生らしい日々を送っている自負がある。


刺激にもなり難いような年配の異性と交流だったが、耳にする話は僅かに楽しさを感じる瞬間もあった。いつも足を運ぶそこにはお偉い方々が集うため、所謂社会の裏話についての会話が目の前で繰り広げられたりする。政治から芸能界、警察沙汰まで様々だ。私はそういう話を聞くたびにクスッとしてしまう。

公的機関や芸能界という立ち位置から見たら私はいち大学生に過ぎず、立場的には“下”にいるのに、なんだかいつでもつまらない争いで揉めている“上”の人々は可笑しくて仕方がなかった。私から言わせてみたら、食って寝てるだけの私立文系大学生の方が余程まともに生活と人間関係を営んでいる。
それらの話を耳にするとき、私は彼らを“上”から密かに嗤笑してきた。

そんな“下”の中にも、唯一惹かれる人がいた。それはただの、なんていうのはよく無いかとしれないが、ただのアイドルだ。ただのアイドルだけど、私には光って見える。画面越しで初めて見た時から、彼だけが光って見えた。好きな理由はそれだけで、正直彼が他のアイドルと何が違うのかも分からない。それでも、ただただ煌々として見えた。

だからだろう。言葉に表せない感情を抱く存在の名前を耳にした時、おそらく表情を変えてしまった。
それを見過ごさなかった、上玉の年配の異性がおや、と言いながら私の顔をのぞいた。

「珍しい。**ちゃんも好きな芸能人がいるのか。」
「好きなんて言ってないですよ、いまこの瞬間の方がよっぽど好きです。」
この並びの中では気も遣えるし羽振りがいいだけあるのか、目もいい。
勿論、割り切った関係を持つ連中も“下”に見る私にとって、心を見透かされるのは非常に不服だった。
咄嗟に返した言葉は惜しくも通じず、

「はは。**ちゃんらしいことを言うね。でも、普段繕ってばかりの君が気になる相手なら会わせてやるよ。また来週同じ時間、ここにおいで。」
と、注がれたワインを口に運びながら私に顔向けることなく言った。

なんとも“上”からの物言いが気に入らない。この言葉を口にされた瞬間はヒールで足を捻り潰してやろうかとも思ったが、下手な真似をしないで良かったと今振り返っても思う。

それから一週間。
「おいで」と言われずとも毎週同じ時間同じ場所に自分の意思で通っていたが、やはり“下”に見られることがどうしても気に入らない。この七日間、もうあそこに行くのはやめようかと反芻したが結局来てしまった。


だって、彼が唯一の明るみなんだもの。


上玉の相手との夜が終わった後、そういえば、と言いながら鞄から封を取り出して私に差し出す。
「うん、**ちゃんは本当に好きなんだね。」
笑いながら、そう言われた。

正直、私は会った時からずっとこのことばかり考えていた。あそこまで私を蔑みながらも、あの発言はいい格好したがりなだけで本当は会わせる手立ての一つもないんじゃ無いか?信じたな私が愚かだったのか?こんなことにばかり思いを巡らせていたので、唐突に突きつけられたそのクリーム色の封筒にまたもや顔を変えてしまったようだった。

「明日、22時にそこに行くといいよ。」
私は封を持つ相手の顔を見直す。


「ん?大丈夫、今日の分はまた別でちゃんとあるよ。」

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