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SS 唯一無三

「俺を愛してる自分を愛してるだけだよ」

そう言った瞬間に視界がぐるんと違う方向を向いた。
頬がひりつく。

「あんた今まで何を見てきたのよ」
叫ぶ女が目の前にいる。

幼少期に転勤を繰り返した俺は、自身を替えが効く存在だと認識してここまで過ごしてきた。

過去に愛した女が浮気していたことが発覚した瞬間がフラッシュバックする度に吐き気がする。

自分を必要だと請いた彼女もやすやすと他のところに行ったと思えばフラフラと戻ってきたり、結局唯一無二などないのだ。

俺には目の前の女が愛のような形骸に縋るほど淋しいようにしか見えなかった。

世界には唯一無二しかないと、本当に思う。心から。嘘ではない。

以前、唯一無二なところな好きだと声をかけられたことがある。
目の前の女は俺以外を唯一無二ではないと思っているのだろうか。
その浅はかさに嫌気がさすなどなく、そもそもあまりその女に気が引かれなかった。

唯一無二というのは、特筆事項ではなく普遍である。
特別というものは別の場所にある。

唯一無二というのはただ一つ、二つとしてない存在のことを指す。

全ての人がそれぞれであることは間違いないけれど、おおよそというものは存在する。

可笑しなことに、私はおおよそになりたがり、私はおおよそ以外を愛した。

自分がおおよそでないことをひどく嫌った。
それは、異端のように思えたからだ。
異なるものは弾かれる。
小さい頃ということもなく、それは箱に収められている限り永遠に続く掟である。
だから、おおよそでない自分を認めることはできなかった。

ただし私が好意を向けるのはきまっておおよそではない人だった。私にとっておおよそというのはひどく退屈に映った。
となると、私自身は退屈に足を向けているというわけだけど、顔自体は真反対を向いているので、身が千切れるように表出する精神が複雑化しているというのは容易く想像できる話である。

あなたがおおよそというなら、誰が特別だというのでしょう。
彼が唯一無二でなければ、だれがただ一つだというのでしょう。

そして、私もまた、私がおおよそであれば、おおよそ・大体とは、一体なんなのでしょう。

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