見出し画像

「喫茶ビブリオへようこそ」

(マジで最悪過ぎでしょ!)

27歳から5年間付き合ってた、ついさっき元という一文字が付け加えられた彼氏の顔を思い出しながら、心の中で悪態をつく。

密かに結婚も考えていたのに……


「ごめん。他に好きな子が出来た。別れよう」


ラインで一方的に別れを告げられた。

「いやいや、ちょっと待って」

ラインを送るも既読にならない。

電話をかける。

「おかけになった電話は現在……」

(信じらんないっ!)


職場も家も勿論知ってる。

(問い詰めに行く……?)

とスマホと財布を手に取り、出かけようとして

ガツッ!

「いったぁ!!」

足の指をテーブルの足に思いっきりぶつけた。

その拍子に、スマホが手から滑り落ちる。

ゴツっ!

「いったぁ!」

スマホが足に直撃した。

「もう……何なの!」

ダブルの痛みをきっかけに涙が出てきた……

「何でよ……」

我慢していてもどんどん涙が溢れてくるので

うわーんと、一人暮らしの部屋で派手に泣く事にした。

しばらく泣いてると

グ〜っ。

(悲しくても……お腹減るんだな)


コンビニ行こうっと。

今日はジャンク祭りにしよう。

ラーメンに唐揚げ

ビール、ストロングゼロ……

ポテトチップスに……スイーツも!

(今日はとことん、自分を甘やかす!!)

You Tubeを見ながら

笑って泣いて食べては飲んで……

そのまま寝落ちしていたようだ。



次の日の朝。

「うわ……頭痛い……」

軽い二日酔いだ。

休みで良かった……


「行ってみるか……」



昨日のコンビニの帰り。

ドンっ。

向こうから歩いてくる人にぶつかった。


「あっ、スミマセンっ」

「いいえ、こちらこそ」

「おわっ!」

「えっ?」


あわわっ!

すごい美人っ!

思わず声が出た。

「あ……じゃ、どもー」

と通り過ぎようとした時に


「ねぇ、あなた」 

「ふぇっ?」

「本の世界に行ってみたくない?」

「へっ?」

「こちらの世界は……色々辛いことも多いわ……気分転換に……あなたの好きな本の世界へ行けるとしたら」

「イヤ……ちょっと何言ってんのか分かんないっす」

「フフフ……まあいいわ。これ渡しておくから」

と手渡された一枚の名刺。

「喫茶……ビブリオ?」

表にはシンプルにお店の名前と裏には地図が書いてあった。

「そこに行ったら『琥珀の女王』と注文して『氷を一欠片』と伝えるといいわ」

「……」

こちらの事などお構いなしに

そう言うと、彼女は夜の街へと消えた。



(結局、来ちゃうんだよね……)


吐く息が白く、かじかんだ手が指先まで冷たい。

こんなに迷う事ある?

って言う位に迷ってようやく辿り着いた店は……

煉瓦色の壁いっぱいにアイビーで覆われており、いかにも

「隠れ家」

という雰囲気の、なかなか入りにくそうな喫茶店だった。

年季の入った扉を開く。

ギィィッ。

カランコロ〜ン♪

ドアベルが鳴った。


カウンターにいた男性がチラッ……というより、ギョロッとこっちを見て

「いらっしゃい」

と言って、目を手元に戻した。

白髪でヒゲに眼鏡の、気難しそうな、ちっさいおじさんというビジュアルに思わずクスっとなる。


(えっと……)


少し迷って

カウンターに座る。

「これ、メニューね」

色褪せたワインレッドのメニューを開き

しばらく、眺めてから

「えーと……琥珀の女王を」

と伝えた。

眼鏡の上から覗いた眼にギョロッと睨まれる。

今にもずり落ちそうな眼鏡が、鼻の所でギリギリひっかかっている。


「琥珀の女王……」

「それに……氷を一欠片」

「……今日は店じまいだね」

恐らくマスターであろうおじさんは、フンッと鼻を鳴らし、ドアを開けた。

外に出ていた看板をしまい、ドアプレートをひっくり返す。


「さて。ご希望の本は?」

「えっと……これを」

慌てでカバンの中から、ゴソゴソ取り出した。

「フンッ。なるほどね」

「子供向けの絵本で……大人なのに恥ずかしいです……」

「何が恥ずかしいもんかい。大人だって、元子供だよ。子供に戻りたいなんて、十人いたら八人位は一度や二度思ってるよ」

「はぁ……」

マスターはまたフンッと鼻を鳴らした。

(何だ……悪い人じゃなさそう)

少しホッとしたら、体がブルっと震え、寒さでカチンコチンになっていた事を思い出した。

「珈琲でいいかい?」

「はいっ?」

「琥珀の女王じゃないけどね」

「珈琲、好きです」

「ちょっと待ってなよ……」

マスターは珈琲を入れ始めた。

その間、くるっと店内を見渡す。

レトロな雰囲気の店内……

古めかしい本が壁いっぱいの本棚にギュウギュウに並べられている。


「はい、お待ちどお」

コトリと音がして、目の前に珈琲が置かれた。

綺麗な曲線のカップは、金色のレリーフと艷やかな深い緑色がとても上品な雰囲気だ。

カップを持ち、香りを吸い込む。

「いい香り……」


パァァァッ


本が青く光り始めた。

ひとりでに開き、パラパラとめくられていく。


「始まったようだね……」

マスターがひとり言のようにつぶやく。

「いいかい?」

「はい」

「向こうの世界に行ったら、うんと楽しむがいい。ただ、物語が終わる間際になると、向こうの世界がおぼろげになって、最後は消えちまうんだ」

「はい」

マスターは真剣な顔で語り始めた。

「いいかい?」

「はい」

「その前にこちらに帰ってこなくちゃなんない」

「はい」

「出口をしっかり覚えておくことだ」

無言でうなずく。

「でないと、次元と次元の狭間に入り込んで、こちらの世界へ帰れなくなる……」

体がブルっと震えた。

「はい。分かりました」


カウンターの隣の、重みのある分厚い扉。

ドアノブに手をかける。

「よい旅を」

マスターがこっちを見てニヤリと笑った。

「はい!行ってきます!」

ここまで来たら後に引けない。

息を吸い込むとゆっくり扉を開いた。


その先には、しんとして静まり返った暗闇が広がっていた。

(うわうわ!真っ暗!怖っ!!)

不安になり、前を向いたままで、ドアを後手に閉める。

恐る恐る足を一歩踏み出すと……


「えっ!」


そこに地面はなかった。


「ギャーーーーっ!!!!」


ヒューーーンと真っ逆さまに落ちていく。
 

(え……私、死ぬの?)


と思ったが……

(アレ……?)

生きてる。

そして……頭から落ちていってる。


何かの光にぶつかりそうになって

「うわぁっ!」

と声が出た。

光が体をするりと通り抜けた。


暗闇の中に光っているのは……

無数の

本。

本。

本。

かなりのスピードで落ちていってるハズなのに、見覚えのある本というのがわかる。

子供の頃読んでもらった絵本。

何回も繰り返し読んだ本や

途中やめにしたまんまの本。


(今まで私が触れてきた本か……)


そして……

「あっ!」

一際輝く本を見つけた。

きっとあれだ!


私はそれに目がけて落ちていき

青く光るその本に近づくと、体がスッと吸い込まれた。


「う……わわっ!」

ドサっ!

「いったぁ……」

いきなり、その空間に投げ出された。

え……雑じゃない?

もう少し、こう……

ブツクサ呟きながら、周りを見渡す。


「う……わぁーーー!!!」


そこは夢にまで見た、本の世界が広がっていた。


(続く)








 

気が向けばサポートして下さると、大層嬉しいです!頂いたサポートは私自身を笑顔にする為に、大事に大事に使わせてもらいますゆえ、以後よしなに(๑•̀ㅂ•́)و✧