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12年モノ以上の数々

私が社会人になってから毎年、父の誕生日には大好きなお酒を必ずプレゼントしていた。


父は部類のお酒好きで、ビールから日本酒、それにウィスキーや焼酎などと、なんでもこざれといった具合に、いろんな物に手を出していた。

その証拠に、私が物心つく前から置かれているワインセラーなる戸棚の中には、かなりの年代ヴィンテージものの酒類が多数保管されている。

やがて自分の子たちが働き始めると、父が一つ歳を重ねるにつれて、その本数は徐々に増えてきている。

そしてある年の暮れのある日。いつものように晩酌している父に、私は微動だにしないその戸棚の中を横目に見ながら、一つの質問を投げかけてみた。


「ところで父さん、まだアレ開けてないの?」

「そうなんだよ。なんか開けるのがもったいなくてさぁ」

「まぁ…大切だっていう気持ちはわからんでもないよ。わからんでもないんだけど、個人的には最初の一口目の感想を聞きたいんだよねぇ」

「でもさぁ、これってなかなか手に入らないじゃない?あったとしても、今だと数万円とか結構値段張りそうだし」

「そんなの今更だよ。なんなら隣のヤツだって、まだ何にも開けてないどころかラッピングのリボンがついたまんまじゃん」

「そうだけど、これも今なかなか手に入らないだろう。もしもこれが高値で売れるものだとしたら、開けるのが怖くて」

「いやいや、自分の子から誕生日祝いでもらったプレゼントを売ろうとしないでよ(笑)」

「冗談、冗談。でも、まだ開けるのは早いかなぁって。もう少したったらー」

「あともうちょいで還暦迎えるのに、なーにおっしゃってるんですか。このままだと年数重ねまくってさらに熟成しちゃうよ」

「はは、わかったわかった。あともう少ししたら開けるから、もうちょっと待ってて」

「はいはい、もうちょっとだけだよ」


そう言いながら、私は父のグラスに一本の冷酒を注いでいる。元々父が働く時間帯は一般的なサラリーマンと異なり、深夜から早朝にかけて勤務することがほとんどであった。

世間が通勤で忙しない中、朝方になって仕事から帰ってきた父は、テーブルの上にツマミを並べ、酒を片手に録り溜めたドラマ等を観ながら晩酌…というよりも朝酒に浸ることが普通のことであった。

だからこそ、こうして共に晩酌するのは稀なことであり、私が実家を離れてからはなおさらその機会はほとんどなかった。

そして今も戸棚の中に収められている12年モノ以上の数々は、一度も栓を開けられることもなく眠り続けたままである。


最後までお読みいただきありがとうございました。 またお会いできる日を楽しみにしています!