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群れから外れた「孤独」と「孤高」がすれ違う

さすがにあの猫たちは、そこにずっといるワケがなかった。


5月15日午後。退職に伴い、最後の挨拶に会社へ行く前に、私はとある場所に向かっていた。前の職場にいた時期に、毎回昼休みに会社を抜けて、よく歩きに回っていた海浜公園だ。

この日は平日であるにも関わらず、駐車場に到着すると、すでに多くの車が停まっていた。さらに園内に足を運ぶと、至る所に家族連れや恋人たちだけでなく、私のように単独で訪れている人も多く見受けられた。

この近くには空港があることもあり、相変わらず上空からは時折騒がしく鳴り響いている。飛行機が滑走路に到着するため、至近距離に迫るほどの高さで徐々に降りてくるたびにその光景を焼き付けようと、カメラやスマホを片手に撮影する方もいた。


5年ぶりに訪れたが、あの時と同じ風景や、人物が、自分の視界に確かに映っていた。唯一変わった場所があると言えば、空港がより近く見渡せられそうな辺りに、進入禁止を意味するフェンスが立てられていたぐらいだろう。

いつぞやの時に台風が直撃して以来、そこだけ舗道が抉れてしまったうえに、誤って海に落ちてしまわないための金属製(?)の柵も折れ曲がってしまっていたのである。

結局、いつ改修工事が行われるのかでさえ目処も立たないまま、放置状態に晒されていた。ただそこから5年の歳月が経っているのだから、何かしら進展はあると思って覗いてみた。

しかし思った以上に傷跡が深いものだったのか、バリケードのように張り巡らされている時点で、復元どころか修復すらダメだった様子であった。


そうして一時間以上かけて、公園の隅から隅まで歩き回った。そういえば前の職場にいた頃も、ギリギリになるまで目一杯時間をかけて、一人歩き回っていたと思い出していた。

午前中に熱暴走を起こした頭を冷やすため、あるいは思考を一度リセットするためなどと理由を託け、昼食を終えた後ひとり会社を抜け出して。



私が5年ぶりに訪れようと思い立ったのは、もう一つ気がかりなことがあったからだ。かつて公園内のベンチで休憩していた私の近くで、たわむれあっていた猫たちである。

今でもこの地のどこかにいるだろうかと密かに思いつつも、何故か気が気でならなかった。

歩き回るように探してみたものの、猫たちの姿はほとんど見られなかった。5年以上の歳月が経っているのだから、当然といえば当然のことでもあった。


猫の寿命は、平均して15年と云われている。公園にいた猫たちは、始めからこの場所で生まれ育ったのではなく、飼い主の勝手な都合で捨てられてしまったものたちばかりであった。

そこで天寿を全うしたのならともかく、そうでない形で人々の手によって処分されてしまった可能性だって、十分に有り得る。

本来この海浜公園は人が、都が管理している場所だ。この地で余生を過ごしたい、などという猫たちの個々の願いが叶うのは、ほんの僅かでしかないと思う。

故に、自分のスマホに写真として残っている三毛猫も、その姿すらまったく見当たらない。どんな形であれ、もしも天に召されてしまったのなら、来世ではきっと恵まれた場所で生まれ、幸せに生きてほしいと願わくはない。


そろそろ出発しないといけない時間帯になり、駐車場に戻ろうとした。アスファルトにで舗装されている道を、早足に移動している途中で、一匹の猫に遭遇した。もちろん目にしたのことない、灰色の毛の猫であった。

その猫は、こちらが近づいてくるにも関わらず、草むらに逃げ隠れもしないどころか立ち止まったりもせず、堂々と前を歩いている。

もはやここには、猫一匹すら居ないものだと不覚にも諦めていたところ、思いがけない遭遇に、私は一瞬だけ振り向いた。しかし猫はこちらの存在に目もくれず、ただただ前を向いたまま、歩く速度を落とすことなく私の元を去ってしまった。


この猫もおそらく捨て猫なのだろう。そしてやがて管理側の人間に見つかってしまえば、志半ばでその命を無理やり閉ざされてしまうのかもしれない。

理不尽な形でこの場所に送り込まれ、ただただ彷徨うその後ろ姿は、つい先日までもがき苦しみ続けていた私自身を、そのままそっくり映し出しているようにも見えた。

同時に、この先どんな最期が訪れようとも、何かを覚悟している風格を感じた。



私も私で、また一つ覚悟しなくてはならない。通り過ぎてしまった猫のように行き場を無くしても、この先の未来が明るいものでないとしても、一日一日を乗り越える意味は、どこかに隠されているのかもしれない。

私は車に乗り込み、海浜公園を後にする。次に帰って来れるのは、あるいは自分以外の誰かと一緒に訪れるのは、果たしていつのことになるだろうか。そう余計なことを思いながら、当初の目的地である場所へと目指していった。


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